今からもう14年くらい前の、中学2年の時の話です。
日曜日に仲の良い友人達と3人で映画を観に行こうという話になりました。友人達を仮にAとBとします。
私の住んでいる町は小さくて、映画がある町まで出るということは、田舎の中学生の私達にとって大きなイベントでした。
土曜の夜、うきうきしながら家にいると、Bから電話がありました。
「ごめん、明日バイオリンのレッスンがあったんだった。ちょうど映画が終わるくらいの時間にレッスンも終わるから、○○町(映画館がある町の名前)の駅の改札あたりで待ち合わせしよう」
という内容でした。Bは結構なおぼっちゃんだったので、バイオリンを習っていたのです。
3人揃って、楽しく大きな町で映画を観られると思っていたので、少しがっかりしましたが、映画の後に3人揃って遊べばいいやと気を取り直して、その日は床につきました。
※
そんな訳で翌日、僕とAの2人で映画を観に行きました。
映画を観終わり2人で「面白かったねー」と話しながら駅に向かおうとした時、Aが「ねえねえ、このビルの3階まで上れば、駅へ続く歩道橋があるよ」と言いました。
そこは大きな町だったので、駅前から複数のデパート等へと続く歩道橋が、3階くらいの高さで広がっていました。
私も信号に捕まりながら歩くよりは良いなと思い、映画館の横にあるビルに入りました。
そのビルは、小さな雑貨店がたくさん入っている雑居ビルでした。私達は階段を見つけ、1階から上って行きました。
3階まで着くと、店側に入る扉がありませんでした。
きっとそのフロアは倉庫か何かになってて、この階段からは一般の人が入れないようになってるのだと思い、私が
「やっぱり1階に戻って、普通に歩いて行こうか」
と言うと、Aは
「いや上ってみよう。4階からお店側に入れるかもしれないから、そしたら別の階段から3階に降りればいいよ」
と言いました。
しかし、4階に上っても扉はありませんでした。さらに5階へと進みました。しかし扉はありません。だんだん私達も意地になって、どんどん階段を上って行きました。
10階位まで上ったでしょうか。私は少しおかしなことに気づきました。外からこのビルを見たときは、10階もなかったような気がしたのです。しかしAは「もっと行くぞ」と張り切って進んで行きます。
私達は階段をどんどん上って行きました。20階くらいまで来て、私は完全におかしいと思いました。
階段も何故か、古臭くじめじめした感じになっていました。ゲームのバイオハザードに出てくる、苔むした嫌な階段みたいな感じです。
私はこの時点でかなり怖くなっていたので、Aに向かって「ねえ、もう引き返そうよ。絶対変だよ、これ」と言うと、先を行くAは私に背中を向けたまま「ハハハ、変だね」と言います。
何をふざけてるんだと、少し気分を悪くした私は「何笑ってんだよ! 帰ろうって言ってるんだよ!」と、少し語気を荒めました。するとAはまた「ハハハ、変だね」と言います。
私はそのAの言葉にさらにムッとしましたが、階段を上っていくAの姿が少しおかしいことに気づきました。
姿形はもちろんAなのですが、動作の一つ一つがおかしいのです。確かに階段を上がる動作なのですが、何かこう人間が人形を手で動かしているような、ぎこちない動きでした。
右手、左手、右足、左足、それぞれが独立して動いているような、ともかく変な動きでした。
私は足がすくんで、その場で立ち止まりました。するとAが立ち止まり、クルッと私の方へ振り返りました。
「ハハハハハハハハハ変だね、変だね、ハハハハハハハ」
と笑うAの顔を見て、私は叫び声をあげました。動作と同じく、顔の表情もぎこちなく笑うAの顔。
何より、白目が無くなって、眼球いっぱいに広がった黒眼が、私に叫び声をあげさせました。
私は踵を返し、全速力で階段を駆け下りました。途中足がもつれて転びそうになりましたが、それでも無我夢中で駆けました。
気づくと、雑居ビルの一階にある薬屋さんにいました。どうやって階段から出たか、その時の記憶はないのですが、パニックになってた私は、後ろを振り返らずに駅まで走りました。
駅の改札に着くと、Bが待ってました。Bは「遅い。映画が終わってから、1時間も経ってるぞ」と怒っていましたが、Aがいないのに気づくと「Aはどうした?」と聞いてきました。
私はこのまま外にいると、Aが後ろからあの奇妙な動きで追ってくるような恐怖に襲われ、とりあえずBを促して、駅に中にあるファーストフード店に入りました。
とりあえず私は、起こったことをBに話しました。うまく整理できずに話したので、途中Bに「もう一度詳しく話せ」と何度も言われました。
最初Bは、私がからかっていると思っているような態度でしたが、だんだんと真剣な顔つきになってきました。
というのは、Bは霊感が少しあるやつで、私達に起きたことが、尋常ではないとピンと来たようです。
Bは「とりあえず、そのビルに行ってみよう」と言いました。私は嫌だと言いましたが「Aをほっとけないだろ」という言葉を聞いて「確かにそうだ。Aは何かに憑かれたのかもしれない」と思い、件のビルまで行きました。
先刻と同じように階段を上ってみると、3階にはCD屋さんへと続く扉がありました。4階に上ってみるとゲームセンターになってて、そこも普通に入れました。
階段はそこで終わり。4階建てのビルでした。私達は首を横にひねりましたが、その日はとりあえず家に帰ることにしました。
明日、もしかしたらAは、普通に学校に来るかもしれないと思ったからです。
※
次の日、登校すると、Aは来ていませんでした。私より10分ほど後に来たBが顔を青くしながら、今朝変な夢を見たと言いました。
その内容とは、Aが森の中を泣きながら裸足で歩いており、しきりに「悔しい悔しい」と呟いている、というものでした。
Bは「あれは単なる夢じゃない」と言いました。でも「どうしていいか分からない」とBは言いました。
それから数日経ってもAは帰って来ず、捜索願いが出されました。私とBも警察まで行って、その日のことを聞かれましたが、あの不思議なことは話しませんでした。
それから1ヶ月後くらいでしたか、Aが発見されました。それも死体で。
これは直接家族の方に聞いた訳ではないのですが、何故か私の住んでる町から100キロ以上離れている、隣県の山の中にある神社の境内の横で、カラッカラに干涸びて死んでいたそうです。しかも、死後1ヶ月は経っていたそうです。
当時は、Aが死んでとてつもなく不快な体験でしたが、日が経つにつれて忘れて行きました。
この間Bに何年かぶりに会って「あれ何だったんだろう」という話になって思い出した体験談です。