俺は物心ついた時から霊感が強かったらしく、話せるようになってからは、いつも他の人には見えない者と遊んだりしていた。
正直生きている者とこの世の者ではないものとの区別が全くつかなかった。
知らないおじさんが玄関から入ってきても誰も気付かず、
「おじさんがそこに立っとーよ」
と言っては、
「そげん人はおらん!」
と怒られ、叩かれたりもした。
だから俺は怒られるのが嫌で、少しずつ無口になっていった。
ただ一人、俺の味方だったのが爺ちゃん。
一緒に歩いている時、向こうから歩いて来る男が全体的に灰色がかっていて顔が土気色、そして背中にピッタリと張り付いている黒いもの。
爺ちゃんに
「あの人どげんかしたと? 何で黒いのしょってるん?」
と聞いたら、
「ああいうんはよくよく見とったらいけんよ、ちゃんと区別をつけるようにしんしゃい。
人には影が出来るが、あのもんに影はなかろうが。まだ生きとるけどな…」
と言う。
見れば確かにその男には影がなかった。
そして追い風にも関わらず、線香と何か腐った様な強烈な臭いがしてくる。
すれ違う時にはその臭いで何度か吐いてしまったのを覚えている。
そういうものを何度も目にしたりして、爺ちゃんに色々教わっていく度に
「ここには近寄ったらだめ」
「あの人には近寄ったらだめ」
と、段々分かる様になっていった。
そして、爺ちゃん以外の人には話してはいけない事も。
※
そんなある日、夏休みで母の妹家族のところへ遊びに行った(その頃爺ちゃんは妹家族と同居してた)。
ちょうど同い年位の子が2人いたから、楽しくて毎日遊んでたらある日の昼に暑さで鼻血を出してしまった。
叔母さんの家に行くと少し横になってなさいとの事で、ある一室に連れて行かれそうになったんだけど、そこは自分なりに気付いてた “近寄ったらだめ” な場所だった。
断ったけどガキの言う事なんて勿論聞いてはくれず、でも一人は絶対に嫌だったから庭にいた爺ちゃんを呼んで一緒に寝てもらう事に。
「何かあってもジィがおるけん、大丈夫」
という言葉に安心して、気が付いたら寝てた。
どれくらい寝たのか、ふと目を覚ますと異様な寒さと線香の臭い。
『ヤバい、怖い』と思い爺ちゃんを見るとグッスリ寝てる。
起こそうと思った時に初めて自分の体が動かない事に気付いた。
掠れ声くらいしか出ない。
それでも爺ちゃんを呼び続けた。
その時ゆっくりと襖が開いて出てきたもの。
首と右腕、左膝から下が無く、戦時中に着ていたと思われるボロボロの服を着て、焼けただれたものが、這いずりながら俺の足元まで来た。
そいつは俺がかけていたタオルケットをゆっくり引っ張る。
何度爺ちゃんを呼んだか、
「爺ちゃん起きて!」
と掠れ声で叫んだ瞬間、
「なんや?」
とこっちを向いた爺ちゃんの顔は焼けただれ、皮膚が剥け、片目と鼻のない今俺のタオルケットを引っ張っているそいつの顔だった。
多分一瞬気絶したと思う。
でも、
「まだ終わらんぞ…」
という低い声と変な笑い声で気が付いた時、そいつの体はもう半分くらい俺の体に乗っていた。
そいつの血と自分の汗が混ざってヌルヌルする様な気持ち悪い感触。
その時突然、凄い勢いでお経を唱える声がした。
泣きながら横目で爺ちゃんを見ると、怖い顔で正座しながら聞いた事のないお経をあげ続けていた。
そしたら、そいつが舌打ちしながら「クソガキが…」みたいな事をモゴモゴ言いながら、煙の渦に吸い込まれて行った。
その後はもう、爺ちゃんにしがみついて大泣き。
泣き声を聞き付けてきた叔母さんに爺ちゃんは「怖い夢を見ただけだ」と言い誤魔化してくれた。
落ち着いてから爺ちゃんに
「あのお経はなに?」
って聞いたら、
「ジィにもわからん、勝手に口をついて出たけん、多分ご先祖様が助けてくれたんやろ」
と穏やかな声で言った。
その後2人でアイスを食べながら庭の雑草を取ってたんだけど、なんとなく俺が掘り返した所から木の札が顔を出した。
爺ちゃんを呼ぶと血相を変えてこっちにやってきて、全部掘り返すと、その何枚かの札には何か書いてあり大量の釘が打ってあった。
「お前は見んでよか、触るな」
と言い、裏の焼却炉の方へ持って行ってしまった。
後に何が書いてあったのか聞くと、子供への怨み事が沢山書かれていたらしい。
※
小6の三学期、爺ちゃんが胃癌末期と知らされ、最期まで爺ちゃんにバレない様にしろと家族に言われたが、一人で毎日見舞いに行く度に俺が我慢出来ずに泣くもんだから、完全にバレてしまっていた。
というか、爺ちゃんは最初から自分が長くない事を分かっていた気がする。
「ジィがあっちに行く時はお前のいらん力を持ってくけん、ジィがおらんようなってもなーんも心配いらん」
と、いつも優しく頭を撫でながら安心させるように言ってくれていた。
※
そして爺ちゃんが亡くなってから十数年、怪しい場所や人から線香や腐敗臭、頭痛はしても、それ以上のものは一切見えなくなった。
ただ、結婚して子供もいる今、長男が偶に幼かった頃の俺とソックリな行動をしているのを見ると、先の事を考えて背筋が少し寒くなる。