去年の年末、俺がインフルエンザで倒れていた時の話。
42度という人生最高の体温で、意識もあるのか無いのか分からない状態で俺は寝ていたのだが、尿意に襲われてふらふらと立ち上がった。
扉を開けたのか開けていないのかも分からないほどふらふらで廊下を歩いていたのだが、トイレまで凄まじく距離がある。天井も凄く高い。
ああ、これが不思議の国のアリス症候群か…と思いながら、トイレに向かって歩いていた。
トイレまであと少しというところで、何かが右横にストンと降りて来た。落ちて来たとかではなく、着地した。
見たら家で飼っている犬だった。違うとしたら大きさだ。大き過ぎる。ステップワゴンくらいある。
そんな犬が、俺の匂いをクンクン嗅いで、変な声で鳴いている。
俺はいくら何でもおかしい、寝ていた方が良い、もし漏らしたら謝ろう。そう思い、ゆっくり後ずさりをし始めた。
犬はじっとこちらを見ている。
俺はじっとしていてくれと思いつつ後ずさりをしていたら、犬の後ろから大きな影が現れた。高さは二階建ての家くらいはある。
巨人かと思ったが、顔には見覚えがある。うちの4歳の娘だった。
不思議そうな顔で俺を見ている。
娘が犬と一緒に近付いて来た。
いつも俺を見る顔ではなく、何か不思議なものを見るような目でこちらへ来る。
捕まったらやばい!俺はふらふらの体で自分の部屋まで走った。
部屋が遠い。数メートルが凄く遠い。
後ろからは娘の気配がする。
何とか部屋に着いた。
布団もでかい。何とか潜り込み、真っ暗な中でジッとしていた。
※
暫くするとふっと意識が遠のき、うとうとした感覚の中で、足の辺りがムズムズする感覚で我に返った。
熱も少し下がった感じだったのでスッと上半身を起こすと、足の辺りの布団がもぞもぞしている。
めくったら娘が何かを探していた。
「何してるの? 感染るからあっち行きな?」
と言うと、娘が
「ちいさいのがいたの。毛がいっぱい!それがね、パパの足のところにもぐってった」
と少し興奮しながら言う。
周りを見ると、大きさの感覚も元に戻っていた。
俺はゆっくりトイレまで歩いた。
廊下の途中に、俺が首に巻いていた保冷剤を包んだタオルが落ちていて、犬がそれの匂いを嗅いでいた。
取り敢えずトイレまで行こうとしていたのは本当だったんだなあ…と思いながら、また俺は布団に戻った。