サイトアイコン 怖い話や不思議な体験、異世界に行った話まとめ – ミステリー

四十九日の夢

腕時計と街(フリー写真)

俺が大学生だった頃の話です。

念願の志望校に入学したものの自分の道が見い出せず、毎日バイトに明け暮れ、授業など全然受けていなかった。

そんなある日、本屋で立ち読みをしていると『海外語学留学』という文字が突然、目に留まった。

英語には全然興味が無かったし、喋る事も出来なかったけど、何故かその時『これだ!』と思った。

早速家に帰り、その日の夜、

「俺、大学休学して留学するわ」

と両親に宣言した。

オヤジは反対したが、オフクロは何故か

「一度きりの人生だから、好きにしなさい」

と、すんなり賛成してくれた。

それから俺はあっちこっちで色々情報を掻き集めながら、留学の準備を進めていた。

そしていよいよ来週留学だという時になり、オフクロが検査入院する事になった。

オフクロは俺が高校生だった頃に、子宮ガンで全摘出手術を受けていたのだが、主治医曰く、

「手術後、5年以内に再発しなければ完治したと思って大丈夫」

と言ってくれていて、既に手術してから4年が経とうとしていた。

以前から検査の為に1~2週間の検査入院はよくある事なので、オフクロも

「入院しちゃう事になったから、お母さんは空港まで見送る事が出来ないね」

と言うので、

「空港へ行く前に病院に寄るから、心配しなくていいよ」

と伝えた。

そして、いよいよ留学する日が来た。

午前10時の便だったので、病院には朝7時半に行った。

通常なら面会時間ではないので会えないのだけど、看護婦さんに頼んで病室に入れてもらった。

30分ぐらい話して、

「そろそろ時間だから行くわ」

と言うと、オフクロが

「餞別ね!」

と言って、枕元に隠していた包みをくれた。

一年間会えないと思うと名残惜しかったが、

「退院して、暖かくなったら遊びにおいでよ」

という約束もしていたので、笑って病室を後にした。

空港までのバスの中でオフクロから貰った包みを開けると、腕時計と手紙が入っていた。

手紙はリュックに仕舞い、時計を腕に填めた。

海外生活にも馴れ、全く出来なかった英語も何とか普通に喋れるようになった。

オフクロと、

「退院したなら、こっちに遊びにおいでよ」

という遣り取りを、手紙や電話で何度かしたのだけど、その度に

「うん、もうちょっと調子良くなってからね」

という返事しか返って来なかった。

でも、信じていた。いつかはオフクロとオヤジと姉でこちらに来ると。

その時はどこに連れて行こうかと、観光スポットのプランまで練っていた。

それから暫く経ったある日。

ずっと身に着けていた、オフクロに貰った時計が突然止まった。

その時は別に、明日にでも電池交換に行こうと思っただけだったのだけど。

次の日、家の電話が突然鳴った。

電話に出ると、オヤジからだった。

「お母さんの容態が急に悪化したので、至急帰って来い」

俺は頭が混乱し、状況が全く掴めないまま、飛行機を予約して大急ぎで帰国した。

日本に到着し、空港から大急ぎで病院に向かい、看護婦詰所へ行った。

夜だったので看護婦さんは窓口に居らず、奥まで聞こえるように大声で、

「○○の息子ですけど、母親は何号室ですか」

と聞くと、看護婦さん達は顔を見合わせた後、

「ご存知ないんですか…。昨日の夜、亡くなりましたけど…」

「はっ? いや、○○の息子ですよ」

「ですから、○○さんは昨日お亡くなりになりました…」

その意味が素直に飲み込めず、病院の電話を借りて家に電話してみた。

きっとオフクロが電話に出てくれると思って、いや、そう信じて…。

しかし、

「只今、留守にしております…」

という留守番メッセージが鳴るだけだった。

正直、パニクった。当時はまだ携帯電話なんて存在しないから、オフクロはおろか家族の誰とも連絡が取れない。

看護婦さんに頼んでどこに居るか調べてもらうと、葬儀会館の電話番号を教えてくれた。

電話すると姉が電話に出たので、状況は依然判らないまま、病院まで迎えに来てもらった。

葬儀会館に着き、オフクロの棺を開けて顔を見たが、不思議と悲しいという感情は湧かなかった。

多分、状況が飲み込めなかったのだと思う。

二日後、やはり状況が上手く飲み込めないまま、葬儀も終わり灰になったオフクロの骨壷を何の気無しに見た。

この世から形が無くなったと思うと、最後に会えなかった悔しさや、留学を快く許してくれた事を思い出し、涙が次から次へと溢れて来て止まらなくなった。

それから初七日が過ぎ、一ヶ月が過ぎ、実家で何もする気がしないのでボーッとしていた。

その間、何度と無くオフクロが元気だった頃の夢を見て、願わくばこのまま夢から覚めないで欲しいと思った。

逆に寝てさえいればオフクロに会える気がしたし、現にほぼ毎日のようにオフクロの夢を見ていた。

その日も早くに布団に入って寝ると、暫くしてオフクロの夢を見た。

でも、いつもの夢と全然違う。

何故かオフクロは船に乗っていて、

「もう、行かないといけないから。

人生を大切にして、一度きりの人生、楽しみなさいよ」

と言うので、

「来週、向こうのアパート片付けに行くから一緒に行こうよ」

と伝えた。そしたら、

「それは無理だけど、体を大事にして生きなさいよ。見守ってるから」

と言う。

夢の中で号泣しながらオフクロの手を握ると、強く握り返して来た。

そしたらオフクロが乗っていた船が動き出し、握手していた手が離れた。

そこで追い掛けようとしたら、ガバッという感じで布団から飛び出し、目が覚めた。

俺は泣いていた。しかも、手には感触が残っていた。

その夜はそれから寝付けず、朝を迎えた。

カレンダーを見ると、ちょうど今日が四十九日だった。

それ以来、今まで一度もオフクロの夢を見る事は無い。

所詮、思い込みの激しい夢じゃん、と言われるとそれまでなんだけどね。

オフクロさん、感謝しています。

その後は大学を休学したまま辞めちゃったけど、現在は留学経験を活かして起業し、何とか飯を食えています。

モバイルバージョンを終了