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桜の木の下のふたり

満開の桜

夏の間はご無沙汰していたが、普段の休日には、近所の小さな公園によく足を運んでいた。

住宅街の真ん中にひっそりとあるその公園には、鉄棒とブランコ、そして砂場があるだけで、子どもの姿を見かけることもほとんどない。

いや、正確には、一度も見たことがなかった。

だからこそ、私はその静けさを好んで足を運んでいた。

公園の隅には、二本の大きな桜の木が植えられている。

それぞれの木の下には、木製のベンチがひとつずつ設置されており、私はそのベンチに腰かけて、缶コーヒーを飲みながらタバコを吸い、文庫本を読みふける時間を楽しみにしていた。

その日も、いつものように桜の木の下に腰かけて読書をしていると、ふいに視界の端に小さな影が入った。

目を上げると、7~8歳ほどの女の子が二人、目の前に立っていた。

ふたりは、まったく同じピンク色のワンピースを着ており、髪の長さも顔つきも瓜二つだった。

明らかに双子だった。

「こんにちわ!」

声を揃えて挨拶してくるその姿に、私は驚きつつも顔が緩み、「こんにちわ」と返した。

「おじちゃん、よく来るね」と一人が言い、もう一人が続けて「ここ好き?」と訊いてくる。

「静かだから好きだよ」と答えると、二人は顔を見合わせて「おーっ!」と声を上げ、跳ねるように喜んだ。

「わたしも好きだよ!」「好き!」と、ぴょんぴょん跳ねながら笑う姿に、ついこちらも微笑んでしまった。

それからは質問攻めだった。

「本読んでるの?」「なんでタバコ吸うの?」「コーヒー飲んでいい?」

流れで「おじちゃん、何歳?」と訊かれた私は、「おじちゃんは三十代」と答えた。

すると「わかいねー!」と返され、「いや、三十で若いはないだろう」と返すと、

「わたしはお姉ちゃんだから、おじちゃんは若いの!」と一人が主張する。

「わたしの方がお姉ちゃんなの!」と、もう一人が反論。

双子らしく、どちらが姉かで揉め始めたその最中、一人がベンチを踏み台にして私の背中に乗ってきた。

「なにしてるの?」と訊ねると、「おんぶ」と当然のように答えた。

どうやら、さっきの議論の中で私におんぶされる流れになったらしい。

もう一人が「ずるい」と言い出したので、抱っこしてみたところ、二人とも満足そうだった。

ただ、公園で幼女ふたりをおんぶと抱っこしているのは、かなり危険な構図である。

もし近所の人に見られたら通報されかねない。

だが、あまりに楽しそうにしている二人の様子を見ると、今さら降りなさいとも言いにくい。

そこで思い切って「おんぶダーッシュ!」と叫び、公園を一周走ってみた。

「おんぶ、気持ちいいね!」「ほんとだ!」

二人は笑顔で楽しそうに話している。

その後も交代しながら、何度もおんぶダッシュを繰り返した。

息が切れ、体力は限界だったが、それでも二人の「また!」「もう一回!」の声に、つい応えてしまった。

さすがに限界を感じ、「そろそろ帰るよ」と告げると、「えー」と二人は声を揃えて抗議した。

「また天気がよかったら、来週来るよ」と言うと、二人は途端に笑顔になり、

「その時、またおんぶダッシュしようね!」

と笑いながら手を振ってきた。

私は名残惜しさを覚えつつ、公園を出ようとした。

ふと、「バイバーイ」と声を掛けられ振り返ると、そこに幼女たちの姿はなかった。

まるで最初から存在していなかったかのように、桜の木の下には誰もいない。

帰宅してから、妻にこの出来事を話すと、「一人で幼女と遊んでずるい!」と怒られてしまった。

そして彼女は言った。

「きっと、その子たちは桜の木の神様だったんじゃない? 今日だけ、幼女の姿になれる日だったのかもね」

次の土曜日、今度は妻と一緒に公園へ行った。

案の定、あのふたりの姿はなかった。

桜の木の下に、私たちはお菓子をお供えし、そっと手を合わせた。

「ほんとに神様だったのかな……」と私が呟くと、妻は笑いながらこう言った。

「ロリコンこじらせて幻見たんじゃないの?」

……それもありえなくはない。

だけど、あの一日は、確かにあの桜の木の下で過ごした、奇跡のような時間だった。

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