僕には四つ下の弟が居て、彼はバイクで通勤していました。
ある日、彼が出勤途中に事故に遭い、救急車で病院に担ぎ込まれました。
僕にも連絡があり、急いで駆け付けましたが、彼は意識不明の状態でした。
「もしかしたらダメかもしれない…」
母は泣くばかり。僕もどうしようもありませんでした。
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その三日後、奇跡的に弟が意識を取り戻しました。
頭を強く打っていた為、暫くボーッとしていましたが、突然何かを思い出したように、
「りんは?」
と聞くのです。『りん』というのは、二年前に亡くなった飼い犬です。
「何言ってる? もう死んだだろが?」
と僕が言うと、彼は
「いや、さっきまで一緒だったんだ」と言うのです。
おかしな事を言う弟に、僕が
「打ち所が悪かったかな?」
と冗談を言うと、彼は
「いや!違うんだ。実はさっき会ったんだ…」
と話し始めました。
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何でも、事故に遭った後の記憶というのが、一人で何処かへ歩いて行くという定番なものだったらしいのですが、どんどん歩いて行くと、以前飼っていた犬に会ったそうです。
「あれ!どうしたのお前、迎えに来てくれたの?」
と弟が尋ねると、生前は大人しかった『りん』が、ウーッと唸ったそうです。
よく懐いていた犬だったので面食らいながらも、頭を撫でようとすると、今度は
『さっさとあっちに行け!!』
とでも言わんばかりに吠えたそうです。
仕方なく弟は来た道を引き返し、気が付いたら病院に居た、という事です。
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弟は、
「人って死んだら誰かが迎えに来るって言うけど、俺の場合は追い返されちゃったよ」
と笑います。
しかし『りん』を一番可愛がっていたのが弟だったので、本当に
「まだ来るな」
と言っていたのかもしれません。