「さあさあ、ランドに来ておいて、このお化け屋敷に入らないって手はないよ!」
お化け屋敷の前でゾンビらしき恰好をした男が声を張り上げている。
ゾンビの前には数人の客が面白そうに話を聞いているようだ。
僕は少し嫌がる彼女を引きずりながら、その前まで近付いていった。
「このお化け屋敷は世界で一番怖いって有名なのさ!なぜかわかるかい?」
ゾンビは一番近いカップルに話しかけた。カップルはニコニコしながら答えた。
「ここは真っ暗だって聞いたよ」
「そう、その通り!お化け屋敷の中には一切光がないんだ」
ゾンビはそう言って、ヒヒヒ、といやらしく笑った。
こうして見ると、このゾンビは明るいところにいるというのにとても不気味に見えた。
お化け屋敷の辺りは薄暗くなってはいるが、それでも少しアンバランスだ。
なんだか辺りからおかしな臭いもしてきている。不気味な雰囲気が漂う。
「もちろん懐中電灯を貸してあげてもいいが、有料でね。それに、そんなものがない方が楽しめるってもんだ」
これを聞いて、カップルは仲良くお化け屋敷に入っていった。なかなか度胸があるようだ。
「さあ、このお化け屋敷の売りはそれだけじゃない。古今東西、様々な怖いものが集まってるのさ」
ゾンビは続けた。帰りかけたほかの客も、足を止めたようだ。
「ゾンビ、幽霊、ドラキュラ、フランケンの人造人間、殺人鬼、エイリアン、魔女…」
確かに古今東西だ。しかし、怖いもののごっちゃ煮は果たして怖いのだろうか。
「ゾンビに襲われればゾンビに、ドラキュラに襲われればドラキュラに、エイリアンに寄生されればエイリアンになっちゃうから注意してね」
「ひぃ!」という小さな悲鳴のあと、別のカップルがそそくさと離れていった。
「あと殺人鬼に襲われると幽霊になっちゃうねえ…」
うーん、なかなか怖いじゃないか。
僕らのほかには老夫婦が一組いるだけだ。しかしゾンビはまだまだ元気に続ける。
「しかし心臓の悪い方でもご安心!いつでも黄色い小さな矢印に沿って進めば、非常口に辿りつけます」
老夫婦は少し安心したようで、入る踏ん切りをつけようと、もう一声を催促しているようだ。
「んん、しょうがない。今日はシルバー大サービス!60歳以上の方は半額だ!」
老夫婦は少し怒って帰ってしまった。還暦はまだ迎えていなかったらしい。
お化け屋敷前には僕らしか残っていない。
突然ゾンビが顔を近づけてきたので、彼女はびくっと体を引いた。
「お客さん……怖いもの好き?」
僕はそうだと答えた。
「でも彼女の方は怖がってるね」
そう言ってゾンビはニヤニヤしている。
「どうしても無理だっていうんなら、無理して入らなくてもいいんですよ。どうせ今日はたくさんお客さんが入ってくれたしね」
そのとき彼女が消え入りそうな声で、ゾンビに尋ねた。
「あ、あの……出口はどこに……」
するとゾンビは愉快そうに答えた。
「ありませんよ、もちろん。だから人件費がなくてもやっていけるんです、ここは」
僕らは慌ててお化け屋敷を離れた。