その昔、10歳くらい年上の従兄に聞いた話。
従兄が学生だった頃、バイク仲間数人とツーリングに出かけたらしい。
当時はヘルメットの着用が義務付けられていなかったので、まともにヘルメットを被る人はあまりいなかったようだ。
行きは有名な観光地を目指して順調に進んでいたのだが、素直に幹線を走ったので面白みに欠けると、計画を立てた人物が不評を買ってしまった。
そこで帰りは急遽予定を変更し、ちょっとした林道を抜けて帰ることにしたらしい。
それまでのツーリングでお互いの技術も十分に把握していたのと、行きの単調な運転に不満を感じていた多くのメンバーは、あまり整備状態の良くない荒れた舗装路を突き進みながら帰宅する計画に喜ぶ者が多かった。
路面を見ると、普段一人で運転するならかなりスローペースで進むような状況だったのだが、仲間のペースに合わせるため、誰もが力量ギリギリのハイペースで走っていたらしい。
従兄はそのペースで走るのが正直とても怖かったと言う。
※
そんな中、先頭を走っていたバイクが何の変哲も無い場所で突然急ブレーキを掛けた。
後続のバイクは油断しきって車間距離も十分に取っていなかったので、先頭のバイクに突っ込むのを避けるため連鎖的にバランスを崩し、ほぼ全員が転倒してスライディングするような形になってしまった。
叫び声と金属やプラスチックなどが、アスファルトに引きずられる不快な音が林道にこだまする。
従兄は最後尾に位置していたのだが、他のメンバーからは少し車間を開けていたので、巻き込まれずに済んだらしい。
ただ、転倒した仲間の中で3番目か4番目を走っていた勇次という人は、従兄が一目見て「これはまずい」と思うような転び方をしていたそうだ。
というのは転んでスライディングしているところに後続のバイクが乗り上げ、その重量をもろに受けたまま舗装路を滑って行くのが見えたからだ。
お互いに安否を気遣いながら、それぞれに悪態をついたり罵ったりしていたのだが、すぐに立ち上がったところを見ると、誰もが軽傷で済んでいたようだった。
勇次はまだ地面に寝ころんでいたのだが、ノロノロと立ち上がろうとしているところだった。
ほぼ全員が立ち上がって「怪我した奴はいないか? 大丈夫か?」と声を掛け合いながら、続けて自分のバイクを起こし始めた時になって異変が起きた。
転倒した時に勇次の体の上に乗っかったバイクは、彼の倒れた場所よりもさらに5メートル程度奥に様々な部品をばら撒きながら横たわっていた。
そのバイクを取りに行った哲也という人が、自分のバイクには目もくれずに勇次の事を凝視したまま、硬直していたのだ。
哲也以外の仲間はみんな勇次を後ろから見る位置にいたので、全員が哲也の凍りついた表情に注目した。
勇次は向こうを向いたまま、忙しなく手を体のあちこちに当てて体の様子を調べている。
まるで何か忘れ物をして体中のポケットを探しているかのような素振りに見えたらしい。
仲間の一人が「おいおい、勇次も哲也も大丈夫か?」と声を掛けた。
哲也はその声でビクッと我に返ると、顔を真っ青にしたまま体がワナワナと震え始めた。
まるで幽霊でも見たような表情だったらしい。
勇次はパタパタと自分の体に手を這わせていたのをやめると、「大丈夫みたいだ…」と不明瞭な声でボソっと答えた。
その後、続けて「でも左目が、左目の調子が悪いみたいだ、目の前が赤くなったり、真っ暗になったりして、何も見えない…」
そう言いながら振り向いた勇次の顔は、左側半分が完全に削り取られていて、眼の部分も完全に無くなっていた。
全員が「うわあぁぁぁ!」と叫び声を上げて後ずさる。
勇次は「うぅ~、目が…。左目が見えない…」と言いながらズルズルと足を引きずってみんなの方へ歩いて来る。
「ゆ、勇次…。お前痛くないのか?」と誰かが震える声で聞くと、
「どうして? 痛くないよ…。痛くないよ…。痛くない…。目が見えない…。うぅ~」そう言いながらズルズルと近寄って来る様は、ホラー映画に出て来るゾンビそのものだったらしい。
目の部分は完全に眼球がすり潰されてしまっていて、目があったと思われる部分からは色々な物が垂れ下がっているような状態だった。
顔面の左側の剥がれた皮膚などが顎のあたりまでベロっと垂れ下がり、骨が露出した上に顎の部分もかなり削り取られてしまっていたので、このような状態ではもう助からないだろうと誰もが思ったそうだ。
勇次はそのまま膝から崩れ落ち、バタリと気を失ってしまった。
そんな勇次を仲間の誰もがどうすることも出来ず、みんなが思考を停止させてしまった。
そこで唯一無傷だった従兄が気を取り直し、林道を抜け最初に出てきた民家に助けを求めて救急車を呼び病院へ行った。
※
その後、勇次は奇跡的に一命を取り留めたものの、何度も何度も形成手術を受けることになった。
最終的にはどうにか他人が見ても怖くない程度まで修復されたのだが、左目は当然義眼を入れることになってしまったそうだ。
ところがこの勇次という人は全然めげないタイプの剛の者だったらしい。
従兄によると、その後の飲み会の席などでは、女の子の見ている前で義眼をポロっと取って見せ、脅かして楽しんでいたんだとか…。