もう随分前になるけれど、僕が体験した死ぬ程洒落にならない話。
当時大学生だった僕は恋をしました。相手はバイト先で知り合った子。
バイト仲間数人で遊びに行ったりして仲良くなり、向こうも彼氏がいないことなど確認したりして、青春真っ盛りでした。
しかし彼女は…いわゆる霊感少女でした。
定番のプチ肝試しと怖い話大会の時に本人自らカミングアウト。
彼女曰く、
「私には霊感があって霊が視える。
霊たちの外見は普通の生きている人間と変わらないけれど、霊が近くにいると頭の天辺から鳥肌が立って、髪の毛が抜けるの。
だからそれが霊だって分かるの」
と言いつつ御髪を一掻き、手の平には2、3本の髪の毛。
彼女の髪は長くて黒いこともあり、見た目には結構な量の髪が抜けたようにも見え、その場は盛り上がりました。
しかも調子に乗って、
「私の傍にいると普段霊感の無い人でも霊が見えたりする」
云々とのたまったりしていました。
周りは大いに盛り上がり、その場は彼女の独壇場。本気でビビリ出す人もちらほら。
髪の毛なんてちょっと引っ張れば2、3本くらいすぐ抜けるのに…。
その演出の上手さに今なら多少感心したりもできますが、当時の僕は若かった。
その行為があざとく感じられ、正直ちょっと引きました。
そんなことまでしなくても十分人目を引く容姿に恵まれているのに。
普段は明るく元気で魅力的な娘さんなのに…何故? どうして?
何だか裏切られたような、切ない気持ち。
主観で勝手に決め付けて、一人で勝手に傷付いて。
どうしようもない青春の夏の夜。…ああ、甘酸っぱい…。
しかしそこは若気の至りの日本の夏。外見より中身で人を好きになれるほど、こちとら人間ができちゃいない。
程なくして思いの丈を告白し、めでたくお付き合いすることができました。
※
お付き合いを始めて約半年、季節は巡り、二人は東京から新潟まで車で小旅行に出掛けました。
学生ですから、お金の節約のため高速は使わず下道で、長くて楽しい二人きりのドライブ。
しかし流石に長過ぎたのか、彼女は車に酔ってしまい、助手席にうずくまっています。
時刻は夜の21時を少し回ったくらい。田舎によくある1.5車線ほどの一本道。
人通りどころか擦れ違う車さえ殆ど無く、辺りは恐らく田んぼでしょう、漆黒の闇が広がっています。
車のライトをハイビームにして、偶に彼女に声を掛けつつ、今夜の宿を探して走っていると突然前方に道を横切る人影が…。
すぐさま徐行、すると更にもう一人、前の人の後を追うようにゆっくり道を横切って行きます。
更にもう一人…二人…一列になってゆっくりと、後から後から人が横切って行くのです。
とうとう手前で車を停めて、彼らが渡り切るのを待つ格好になりました。
不思議な光景でした。辺りは漆黒の闇夜、ぽつぽつ見える民家の明かりだってかなり離れた所に見えるだけです。
よく見ると細い農道が走って来た車道にぶつかっており、車道を跨いでまた細い農道が続いているのが分かりました。
彼らはその道を、足元を照らす灯りも持たずに、間隔はまばらですが黙々と一列になって歩いているのです。
初めのうちは呑気にしていました。農家の方たちの集まりか何かがあって帰るところなのかなと考えていました。
ライトを当てるのは失礼だから、サイドランプに切り替えて、渡り終えるのを大人しく待っていました。
しかし20人、30人と、それこそ闇の中から湧き出るように延々と続く行列を見つめているうちに、段々恐ろしくなってきました。
何か…異様なのです。
服装や性別にまとまりは無く、平均年齢はやや高そうですが、老人も中年もいますし、若そうな人もちらほらいます。
闇の中から湧き出るように現れて、サイドランプで照らされた道を横切り、また闇の中へ溶け込んで行く…。
左から右へ、ゆっくりと、一列になって何人も、何十人も…しかも彼らはこちらの方を全く見ようとしません。
辺りは恐ろしく静まり返っていました。停止中の車のエンジンの低い音しか聞こえません。
話し声も、足音すら…しかし目の前には確かに道を横切る人の列が見えています。
ハンドルを握る両手はじっとりと汗ばんでいました。
助手席の彼女の方を見ると、先程までと同じように、窓の方を向いてシートの上で足を折り曲げ、頭を抱えるように丸くなって俯いています。
眠っているのでしょうか。
僕はもはや動けなくなっていました。彼女に声を掛けることも、Uターンして来た道を引き返すことも、クラクションを鳴らすことも、何一つできませんでした。体が動かないのです。
ただ息を潜めてじっと目の前の行列を見つめることしかできないのです。
※
どれくらいの時間そうしていたのでしょう。気が付くと目の前に人影は無くなっていました。
恐らく100人近い人数だったと思います。僕は息を殺したままゆっくりと、確かめるようにして車のライトを点けました。
目の前には真っ直ぐな車道が見えます。細い農道も確かに見えます。人影はありません。
ハイビームにしてみました。やはり何もありません。
僕は大きく息を吸い込み、吐き出しました。
ギアをドライブに入れようと横を見ました。
彼女がこちらを向いています。
彼女は震えながら、無言で僕の方に両手を差し出しました。
彼女の両手には、大量の抜け落ちた髪の毛が絡み付いていました。
僕たちはすぐさま高速を使って東京へ引き返しました。
※
戻ったのは夜中でしたが、東京の何と明るいことでしょう。
二人でファミレスに入り、お互いの友達に電話を掛け、暇な者を片っ端から呼び出しました。
意図せず合コン状態になり、その時に知り合って後に付き合うことになった者もいますが、僕たち二人はその後3ヶ月ほどで別れてしまいました。
その日もその後も、この話が二人の間で出てきたことはありません
彼女が今どうしているのかは判りません。
きっと幸せに暮らしていると思います。