サイトアイコン 怖い話や不思議な体験、異世界に行った話まとめ – ミステリー

赤いベストのおっさん

128499

今年の5月の連休だけど、会社の仲間2人と2泊3日の予定で奥秩父に渓流釣りに行った。

あのヘリが墜落したり日テレ社員が遭難した4重遭難と言われる事件で、奥秩父は怖いところだと噂が広まったが、天候やルートなどの基本的なことに気を付ければ、それほど怖いところじゃないと思っていた。

場所は伏せさせてもらうが、川上村役場から奥の支流に入って行った辺りだ。

狙いはヤマメとイワナ。ルアー中心だが状況によっては生き餌もやる。

1日目の釣果は大きかったな。

20センチ内外のヤマメがかなり釣れ、みんな気を良くして酒飲んで車中泊した。

2日目はもっと奥に入ってイワナを狙おうということになり、3人で2人用のテントを二つ持って、その日の内には車のところまで引き返せない上流まで行った。

だけどイワナはあまり釣れなかったんだ。

その内に夕方になって小雨がぱらつき始めたんで、早めに山側に入ってテントを張った。

本当はダメなんだが、焚き火をしようということになり、みんなで乾いた木を拾いに出かけた。

山には入らずに川原に沿って石の上を歩いていたら、川辺りにうずくまってる赤いベストの人がいたんだ。

俺ら以外の釣り人はそこらでは見かけなかったので、挨拶しようと近付いて行った。

そしたら、すげえ嫌な臭いがしたんだよ。

腐った魚の臭いなんだ。これは俺らは慣れてるのでぐ分かる。

それと「オエーッ、オエーッ」と吐いている音が聞こえてきたんだよ。

数メートルまで近付いて「どうしましたか」と仲間が声をかけたら、そのベストの人が振り向いて、歳は40代かなあ、メガネをかけてきちっとした髪型のおっさんだった。

そいつが川の方を向いて口をもぐもぐさせていたんだ。

それで2、3回噛むと「オエーッ」と川に向かって吐く。

その度に腐った臭いがきつくなった。

「大丈夫ですか、病気なら救助要請しましょうか」と俺が聞いたら、おっさんはニヤッと笑って魚篭を川から上げてみせた。

するとまた臭いが強くなって、腐った魚が入っているんだと思った。

おっさんが魚篭に手を突っ込んで上げると、腐ってぐずぐずになった魚が握られていたんだよ。

肉も腐っているから、指の間からだらだら溢れるんだが、おっさんはニヤニヤしながらそれを口に突っ込む。で、また「ゲボーッ」って吐くんだ。

俺らは気味が悪くなって、後ずさりしながらおっさんのところから離れたんだよ。

どう見ても異常な行動だったし、それに臭いがこちらに移ってきて、俺らも吐きそうになったんだよ。

離れて遠くから見たら、おっさんはまだ川辺りにしゃがんでいた。

辺りにはザックや竿は見なかった気がする。

「なんだよ、あれキチガイか」

「異常だよな。あんな腐った魚、生で食うとか」

「うええ、気持ち悪りい。もうその話題やめろ」

こんなことを言い合いながらテントまで戻ったのだが、一人が

「あれ、警察に通報しなくてもいんいいんかな」と言う。

「知らんよ、あの様子だと、救助要請しても俺らが余計なことしたって言われかねん」

「だよな、こんな場所に来たら基本、自己責任だよな」

雨は殆ど止んでいたから、火を焚いてラーメンを作ったり渓流で冷やした缶ビールを空けた。

翌日は午前中に帰りたかったから、近くの木にカンテラをかけて、その日は21時過ぎには寝たんだよ。

テントは俺と木村というやつが同じで、もう一人が別のテント。

それで、夜中にガサガサする音で目が覚めた。携帯で時間を見たら午前4時前で、もうすぐ明るくなる頃だ。

木村が寝袋から出て外に出て行くところだったんだ。

「ああ、小便か」と思ってまた寝ようとした。

でも寝つけなくて、それで木村がいつまで経っても戻ってこないんだ。

小便ならそこらの草むらにすればいいし、おかしいと思って懐中電灯を持って外に出てみた。

川の方に行って足を滑らせて頭を打ってる…なんてことも絶対ないとは言えないからな。

テントの周りの明るいところには姿はなく、「おーい 木村ー」と呼びながら、ぶらぶら川の方まで行ったんだよ。

そしたら遠くから「オゲーッ」って吐いている声が聞こえてきた。

夕方のおっさんのことを思い出して嫌な気がしたが、それは木村の声のような気がしたんだよ。

勇気を奮ってそちらに向かって行ったら、段々夕方のおっさんがいた場所に近付いていくのが分かった。

それで、ひっきりなしに「オエーッ、オエーッ」という声がして、明らかに木村だと思った。

そうしている内に大分明るくなってきた。

夕方におっさんがいた場所よりも川の中の方に、木村がしゃがんでいるのが見えた。

「おい、お前なにやってるんだ。冗談にしたらたちが悪いぞ」

かなり不機嫌な声でそう呼びかけたんだが、木村はこちらを見ない。

目の前の渓流の石の陰から何かをすくって食っているように見えた。

『まさか、あのおっさんのマネをしてるんか?』

そう思って走り寄ったら、川の岩の間に赤いベストが見えた。人がうつ伏せに倒れていたんだ。

あと、魚の臭いとはまた違う腐臭がする。近くまで行って唖然とした。

顔は見えなかったが、倒れているのはあのおっさんだとしか考えられなかった。

全身が水を吸っていて、しかも新しい死体じゃないように見えた。

それで木村は、おっさんの剥き出しの腕から白くふやけた肉を爪でこそげとって食っていたんだよ。

「何やってんだ、お前!!」

俺は木村の背中を掴んで後ろに引き倒した。

そしたら木村は仰向けに浅い水に倒れながら、口からぶーっと上にゲロを吐いたんだよ。

それからうつ伏せのまま川原まで這って行き、すすり泣き始めたんだ。

俺は混乱して、どうすれば良いか分からなくなったが、取り敢えずもう一人のやつに携帯で連絡し、「死体を見つけたから警察に通報してくれ」と頼んだんだよ。

この後は物凄くごたごたして何日も潰れた。

赤いベストのおっさんは、どこからも捜索願が出ていなかったが、死後1週間ほどで、間もなく身元が判った。

詳しいことは教えてもらえなかったが、どうやら自殺らしかった。

離れたところの橋から身を投げて、そこまで流れてきたみたいだった。

木村はずっと錯乱していて、まともな話は全くできなかかったな。

暴れて手がつけられないので、家に戻っても家族が入院させるしかなかった。

それで今も入院中で、面会もできないんだ。

モバイルバージョンを終了