新婚の頃、旦那のお祖母さんの妹の家に挨拶に行った。古い大きな家だった。
その時は玄関で挨拶して帰っただけだったが、テレビの音が凄いボリュームだったのが妙に印象に残った。
その時は、耳が遠いのだろうくらいにしか思わなかった。
それから十数年後、そのお祖母さんが行方不明になって大騒ぎになった。
その時、初めてその家の中に入って仰天。奥の暗い部屋に知的障害の男性がいた。
お祖母さんは無事に発見されたが、これはどういうことか姑に事情を聞いた。
その男性はお祖母さんの息子で、障害を持って生まれたが、当時の医者に10歳まで生きられないと言われたため、お祖母さんはその子を学校にも行かせず、ずっと部屋に閉じ込めて育てていたらしい。要は座敷牢。
でも家庭教師は雇って家で勉強させていたため、読み書きくらいはできるそうだ。
ところが、10歳になっても20歳になっても死なない。
ついに彼が60を過ぎて、80代の母親のほうが呆けてしまった、ということだった。
それからが大変だった。
呆けたお祖母さんと知的障害息子の二人暮らしの家はゴミ屋敷。
お祖母さんは徘徊しまくり、何度も警察に保護されるが、家に他人を入れるのを断固拒否。
ヘルパーを泥棒呼ばわりして追い出す。
姑の兄弟達で、誰が介護するかで大揉め。
最後に火事を出して、親子揃って強制的に老人施設収容となった。
座敷牢が今の時代にあるなんて思いもしなかった。
お祖母さんの兄弟なんて遠縁だし、旦那も詳しい事情を知らなかったそうだ。
もしお祖母さんに徘徊癖がなかったら、親子揃って孤独死は確実だったと思う。
※
知的障害の彼は小柄で大人しい人だった。
「はい」「ありがとう」「ごめんなさい」が口癖で素直な人だったが、歯が殆ど無かった。
歯医者には行ったことがなかったみたい。
それにしても、不自然なほど大人しいと思っていたら、なんと去勢されていた。
彼がまだ子供で性に目覚める前に、闇で医者にタマ抜きしてもらったそうだ。
万一、目を離した隙に家から抜け出して、人様に迷惑を掛けたら大変だからと、母親は誰にも相談せずにやったそうだ。
今ならそんなことは出来ないのだろうけど。
ちなみに彼は歌を歌うのが好きだったが、その歌声を隠すためにテレビを大音量にしていたことも後で知った。
施設入所後、お祖母さんはすぐに亡くなって、息子は今もその施設で暮らしている。
優しい職員さんと一緒に歌を歌えるのが嬉しくて大満足のようだ。
60年間幽閉されていた彼の人生だが、最後は幸せそうでほっとした。