俺の田舎には土地神様が居るらしい。
その土地神様が俺の娘を連れて行くかもしれないとの事。
正直、今もどうして良いのか分からない。
聞いた時は吹き出した。でも、親父の反応を見て血の気が引いた…。
娘は小学校の低学年で、俺は普通のサラリーマン。嫁も祖父祖母も元気で、普通の家庭だと思っていた。
上京した俺は、嫁とは大学で知り合い、そのまま就職と同時にゴールイン。
結婚二年目で、子供を授かった。
それから幸せの日々。俺も割りと良い企業に就職でき、嫁も専業主婦として家事と育児に力を入れてくれていた。
娘が小学校に入学し、暫く経った頃。
入学祝いのついでに家族全員で、俺の実家に行く事が決まった。有給込みで三日程滞在する予定。
俺の住んでいた実家はかなりド田舎で、辺りには何も無い。
だけど、自然は素晴らしいと今でも思う。
娘も久しぶりにお爺ちゃん、婆ちゃんに会って楽しそうにしていた。
一日目には何もなかった。
だけど、二日目に問題が起きた。
娘が居なくなった。
17時には帰ってくるように言っていたんだけど、親父の飼い犬と散歩に行ったきり、帰って来なくなった。
あまり遠くに行かない事を約束させたのだが…。娘を少しの間自由にさせてた俺が悪い。
親父は母親と嫁と近所に訪ねて歩き、力を貸してくれる人を当たるようにお願いして来いと言い、俺と親父はトラックに乗り込んだ。
※
30分程経ち、数十人体制で捜索が始まった。
すると、予想外にも簡単に見つかった。
見つけたのは近所の人で、娘は森の入り口の小屋付近で寝ていたらしい。
残念ながら、飼い犬は見つからなかった。
遅れて俺と親父が家に戻ると、嫁が娘を抱いていた。
俺自身、ブレ切れと心配でぐちゃぐちゃになっていた。
娘を叱ろうと思っていたんだけど、寝ている姿を見て溜め息に変わった。
外傷も、衣服にも異常はなく本当に安心した。
母親が手伝ってくれた方々にお酒と料理を出し、俺もお礼を一人一人回りながら飲んでいた。
暫く経って、娘が目を覚ました。
俺が軽く叱ると半泣きになり、それを嫁がなだめていた。
ここからの会話は明確に覚えている。
嫁「ちーちゃん(娘)、なんであんな所で寝てたの?」
娘「うーん…。わかんない」
嫁「ワンコは?」
娘「お猿さんが連れて行った」
この瞬間、空気が止まった。
親父も母親も、俺たち家族以外の動きが完全に止まった。
嫁「お猿さん?」
娘「うん、お猿さんとワンコと遊んでた」
父「どんな姿やった? どんな鳴き声やった!?触ったか!?」
俺「おいおいおい!!」
掴みかかり、叫ぶように親父は娘に質問を浴びせていた。
娘は怯え、嫁の腕に飛び込んで行った。
父「アレがでよったかもしれん…。○○さんを呼べ…」
親父がそう言うと母親がどこかに電話をかけ始めた。
父「みんなはもうええ。ここからはうちの問題。有難うな」
手伝ってくれた方々は「すまんな」「大丈夫だから」と言いながら、そそくさと帰って行った。
親父は猟銃を持ってくると、塩とお酒をそこら中に巻き始めた。
母「○○さん。30分程で来てくれる!」
父「そうか…。△△(俺)、話がある」
俺「…」
親父が真剣な顔で話し出した。
この土地には土地神が居るらしい。その土地神は様々な富を落とすと言われているが、良い神様ではなく、非常に残虐でもある。
動物に取り憑き、他の動物の臓物を喰い散らかすとの事…。
猿の姿で目撃される事が多いが、猪や人間も例外ではないと言っていた。
父「何にせよ、至近距離で接触し、生きていてるケースは珍しい。接触した者が生きていれば、また向こうからまたやってくる事が多い。ここ最近は見かけなくなったのに…」
こんな事を真剣に話し出して、俺も苦笑いしていた。
嫁もどうして良いか分からず困っていた…。
そして、○○さん(以後、Aさん)が到着する。
見た目は品のある年配の女性で、スーツを着ていた。
親父と俺が状況を詳しく説明をする。
母親は黙って何か準備していて、嫁は寝てる娘を抱いてた。
父「助かりますかね?」
A「助かるかもしれません…。おそらくアレなのは間違いない。でも、幸いな事に接触してない。この年頃だと好奇心が旺盛なんだけど、この子自体が勘がいいのかもしれない」
俺「何をするんですか? 娘は大丈夫なんですか?」
A「あなた、信じてないのは仕方ないけど、今は騙されたと思って手伝って欲しい。悪いようにはしないから…。ね?」
正直、胡散臭いと思っていたし、この発言も信じられなかった。
親父がいつにもなく真剣で、それに煽られた感じだった。
Aさんが母親と一緒に準備を始め、途中に
「娘さんの髪の毛が欲しい。それも出来るだけ多く欲しい」
と言ってきた…。
俺は断ったが、普段大人しい嫁が半ば強引に娘の髪の毛を切った。
何故か娘は起きず、ずっと眠っていた。
A「もしもの時の変わり身が必要。先に言うが、その人が必要になる時は、変わり身自体が何の効果も持たないかもしれないほど、危ない状況。勿論、両方死ぬと思うが、それでもいいなら変わり身を立てる」
説明は続き、条件として
・血縁者である
・娘と同じ性別である
・歳が近い
の三つが挙げられた。
もう、嫁しか居ないんだよね…。
だけど、俺は一度もそれを口に出せなかったんだよ。
家族全員で話し合ったけど、嫁は折れなかった。
まだ心から信じていなかったけど、もしもの事があったら俺は二人同時に大切な人を見殺しにしてしまう。それが怖かった。
でも嫁に説得させられて、代役に決まった。
娘の髪の毛と嫁の髪の毛を袋に入れ、そこにAさんが取り出してた紙を入れて、お経のような物を唱え始めた。
それを嫁が持ち、Aさんは家の柱と言う柱に文字を書いたり、紙を貼ったりしていた。
そこから特に異変もなく、時間だけが過ぎた。
相変わらず娘は寝ていた。
だけど、深夜を回った辺りから異変が起き始めた。
外で何かの鳴き声が聞こえてきた。
文字にするのは難しいけど、「うぉもーすうもーすうぉもーす」みたいな唸り声に近い鳴き声。
それを聞いて、Aさんがバタバタし始めた。
俺「親父…」
父「本当に来よった…」
真剣な顔で猟銃に弾を込め始めるのを見て、俺も怖くなってきた。
Aさんはお経を唱え始め、嫁は娘を母親に預けた。
「うおもーす。うおもおおおおおす」
声が近づいてくると、嫁にも異変が起き始める。
嫁「ヴヴヴウヴヴヴウヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴウヴヴヴ」
嫁が突然唸りだし、ドンドンと窓や壁に当たる。
後から判ったんだけど、このドンドンと当たってたものは犬の死骸の一部で、まだ新しかった。
親父は何も言わなかったのだが、そう言う事だと思う。
気付くとお経と唸り声や鳴き声で凄い事になっていた。
俺も平静を装ってたけど、内心は死ぬ程怖かった。
呼吸も上手くいかず、鳴き声が近づいて来る事が本当に怖かった。
A「今から、誰も一言も話さないで下さい。それと、娘さんの口にタオルか何かで塞いで下さい。今は何をしても起きませんが、念のためにお願いします」
事前に話すなと言われていたんだけど、嫁は既に唸っていた。
もう嫁がどうなるのか心配で、泣きそうになってた。
「ヴぉーもーすヴぉーもーーすヴヴ」
鳴き声が家の前で止まると、一定だった鳴き声が乱れ始める。
赤ん坊みたいな声が玄関から聞こえてきた。
親父は無言で、猟銃を玄関に向ける。
Aさんはお経を唱え、嫁は唸ってる。
「あけてーあけてーあけてーもうず」
それはひたすらこれを繰り返していた。
正確には、「あけてー♪」と楽しそうにしていたように感じる。
玄関から離れようとはせず、ノックもして来ない。
俺は何故かわからないけど、この状態でピザ注文したら…とか訳の分からない事を考えていた。
何時の間にか嫁が唸るのをやめ、ユラユラしていた。
もう俺はパニックで、震えていた。
だけど、怖くて動けなくて、ただ玄関の方を見ていた。
「あけてーーーあけてーーー」
多分、それは10分くらい続いた。
次第に鳴き声聞こえなくなると、5分後くらいには静かになった。
嫁は何時の間にか座ったまま寝ていた。
A「どうやら行った様ですね…」
俺「嫁と娘は大丈夫なんですか?」
A「えぇ、恐らくは…。でも、もうこの土地には帰ってこないように…。それと深い山にも今後は一切入らないように…。あれは諦めが悪いですから…」
俺「あれはなんなんですか?」
A「言い伝えや呼ばれ方は様々です。一貫しているのは、山に住み、動物を喰らうと言う点です…。動物に取り憑き、山を徘徊します。取り憑かれた動物は次第に腐り、腐りきる前に別の器を探します。
あれは残虐で決して良いものではないが、同時に恵や富をもたらすとも言われています。
あれが住む場所はそう言う因果があるのかもしれません。
人を攫う事もあり、憑依するか喰うかは判っていません」
Aさんと話を終えた後、娘にあれの姿を聞いたところ、『人間の顔があり、毛が所々抜けていた…』ぐらいの情報しか得られなかった。
※
最後に…。
俺も山の近くに住んでいたのですが、山には何か不思議なものがあると思います。
地元の人達は山を恐れ、山を讃え、時に崇めます。
遊び半分で行くには危険だと思います。
だけど、それでも山には魅力があります。
どこにもルールがあるんだと思います。それを守って楽しく行ってください。