うちの爺さんの親父だか爺さんだか、つまり俺の曾祖父さんだか、ちょっとはっきりしないんだけど、その辺りの人が体験したという話。
自分が子供の頃、爺さんから聞いた話。もう爺さんも死んでて、事実関係とか調べようもないんだけど。
仮にその曾祖父さんをGさんとしておく。
Gさんはある関西の地方都市の人で、今で言う市役所の戸籍係みたいな、そういう仕事をずっとしてたらしいのね。
当時は市じゃなくて、町だか村かもしれないし、県庁とかの役所なのかもしれないけど、俺には詳しい事は分からない。
ともかく、Gさんは戸籍係みたいな仕事で、仕事柄、町の色々な人の名前を目にする事ができる立場だったらしい。
当時まだ大正時代だかそれぐらいで、昔の身分制度の名残りみたいなのが、名前に結構残ってたらしいのね。
士族だったらこういう苗字が多いとか、下の名前もこういうのが多いとか。
平民階級でも、やれこの苗字は農民出身だの、この苗字は多分染物屋だの、この苗字は多分金貸しの血筋だのって。
まあ、外れる事もあるんだろうけど、なんとなく傾向みたいなのはあったみたい。
それで予想がつくかもしれないけど、そういう名前の特徴が割とはっきり出ちゃうのは、2ちゃん用語で言うとBの人。いわゆる被差別B落ね。
当時はもう平民扱いではあるんだけど、やっぱ色々あったみたいで、苗字もそれと分かる変なのを名乗らされてる場合もあったみたい。
もちろん、自分がそういうのである事を隠すために、普通に田中とか佐藤とかって場合もあるみたいだけど。
Gさんの町では、やっぱり関西だからなのか、一部それと分かる苗字の人たちってのが、何種類かいたらしいのね。
こう、仕事がそういうアレの人たちのやりそうな仕事で、その仕事に関係ありそうな苗字だったりしたみたい。
と言っても、この話を聞いた時は自分も子供だったから、詳しくどうというのは覚えてないんだけど。爺さんもそのへんぼかして話してた気がするし。
それで話を戻すと、Gさんはある時、町に何軒か、ある珍しい苗字の一族がいる事に気づいたのね。
これがさ、苗字からすると、士族とか商人とか農民っぽくない、強いて言えば、神主とかそういう家系っぽい感じの名前。
これは民俗学とか齧るとよく目にする話題だけど、昔は乞食坊主とか、御祓い屋とか拝み屋とか、そういうのをやるBの人ってのは多かったらしい。
江戸時代からそういう風習があるみたい。
まあ、土地を持っている農民とは違うから、土地を離れて流浪の、お祓いの押し売りみたいな感じなのかな。
それでGさんが見つけた一族ってのも、いかにもそういう仕事やってそうな名前な訳ね。
ただ、もちろん近代化された後の話だから、浮浪者って訳じゃなくて、ちゃんと戸籍もあるし住所もある。
ただ、どうも不自然な事が二つあるの。
一つは住所。
どうやら一族はみんな血が繋がってるらしいのに、住んでるところはえらく離れてる。
離れてるって言うよりか、離してあるって感じに。
町の中心的な大通りと、町の外との境目にあたるような、住所に散らばってるのよ。
なんていうのかな、町の『入り口』みたいな場所があるじゃん。
昔からあるでっかい道路とかが、町を何箇所か貫いていくとして、その道路と市街地が接点になるような場所っていうか、円と直径の交点みたいな。
そういう場所が町に何箇所かあるんだけど、そこにそれぞれ住んでる。
ちょうど『門番』って感じに住んでるのよ。
それでね、もう一つ不審な事っていうのは、この一族がとにかくみんな若い内に死んでるのよ。
今よりも死亡率がずっと高い時代なんだろうけど、それでも普通に考えてあり得ないくらいに、新生児の死亡が多い。
10人とか産んで、全部2~3年で死んでるとかそんな感じ。
単に貧乏で衛生事情が悪いとか、そういうのかもしれないけど、町のどの部分に住んで一族もみんなとにかく死ぬ。
世帯主30歳くらいで、それも病死とか。
そもそもこの死亡届けの多さで『この苗字の人はよく死ぬなあ』って、Gさんが気づいたのが話の発端らしいんだけど。
それでGさんは最初、何か犯罪があるんじゃないかと思ったんだって。子供殺して食うとか、血を売るとか。
そういうのを疑う事自体、Bに対する偏見だったって事に、後で気付かされるんだけど。
ただ、Gさんがいくら怪しいと考えても、誰に相談するべきか分からないじゃない。
一応他人の戸籍とか住所の話だし、仕事中に勝手に調べて怪しいと思いましたってのも、今よりもプライバシーとか気にしない時代とは言えちょっとどうかと思って、誰に言うでもなく何年かはそのまま放置してた。
※
でもね、同じ月に同じ家の家族が、立て続けに(何日かおきに)3人くらい死んだ事があって、さすがに怪しいと思ったんだって。
それでじゃあとりあえずこの目で見てこようとなった訳。
その住所の家を見てきて、何かおかしなヤツが出入りしてるとか、そういう感じだったら、警察に行ってみようと思って、休みの日にその家まで行ってみる事にした。
それは夏の初めのすごく暑い日で、自宅を出てすぐの時は『こんな暑い日にわざわざ行くんじゃなかった。何をやってるんだ俺は』と思いながらも、歩いて行ったんだって。
車とかは、金持ちじゃないとなかなか持ってないしね。地方公務員じゃ、徒歩しかなかったんだろうと思う。
ところがね、その該当する家のすぐ近くまで行くと、暑さも和らいできて、ああちょうど良かったって。
そう思ってたら、そんな生易しいもんじゃないのね。
その家のすぐ近くまでいったら、なぜかすっごい寒いの。暑いのに寒いのね。
炎天下で、明らかに日の当たるところを歩いてて、肌は太陽の光を感じるんだけど、でも寒くてなぜか震えるんだって。
「熱い風呂にいきなり入って、サブイボでる時あるやろ。あれやろうな」って。
これはGさんじゃなくて、爺さんの解説だから当てにならないけど。
それで、どの家がその住所の家なのかも、探すまでもなかったって。
まあ、さっきも言ったように、大通りに面した町の一番外れだから、みりゃ分かるんだろうけど、それ以上に、調べるまでもないくらいに、『ここに近づいちゃいけない』って感じがするんだって。
ここには何かよくないモノがいる…って感じ
それでも、もう何かに取り憑かれたように、その家の庭が見えるところまで行ったんだって。
家自体もオンボロの古い家だったんだけど、庭も雑草で荒れ放題なのね。
ただ、貧乏って感じはするんだけど、何か犯罪が行われてるって感じではない。
別に死臭とかする訳でもないのね。
ただ、何かすごくイヤな感じがするし、寒気がするのよ。
『おかしいな、こんなに良い天気なのになんで寒いんだろ?』って思って、何気なく家の屋根の上を見たらね。
小さい黒いサルみたいなのが、視界の隅にいるのね。
それであっと思って、そっちを見たらもういないの。
それでGさんは、なんとなく直感的にまず考えた訳。
この家は何かに憑かれてて、それであんなに死人が出るんだと。
『じゃあ、他の場所にある同じ苗字の一族も、みんな何かに憑かれてるのか? 一族まるごと呪われてるのか?』と思った訳よ。
それはそれでおかしな話だし、何か腑に落ちないわな。
そこで、ここまでの経緯を信頼できる上司に相談する事に決めたんだって。
それで上司に報告して、黒いサルみたいなのを見た事まで、正直に言ったのよ。
そしたら上司が深刻な顔をして、「お前、それ他に誰にも言うなよ」みたいな事を言うんだって。
上司に「何か知っているんですか」って問い質したんだけど、最初はしらを切ろうとするんだって。
でも食い下がって、一体なんなのかってしつこく問い質したら、上司は覚悟を決めて教えてくれたらしい。
「それは○○(町の名前)のニエや」って。
つまりその一族は、町に邪悪な何かとか祟り神とかが入ってきた時に、わざと取り憑かせて、町を守るための生贄だって事らしいのね。
だから、町の入り口みたいなところに住まわせてあるんだって。
室町だか江戸だか知らないけど、かなり昔からこの町は、そういう役目を被差別Bの人にさせてたらしいのね。
ただ、その一族の人は、それをやらされてるとは知らないみたいなんだって。
何か気付いてるのかもしれないけど、とにかく建前上は、別の理由でそこに住まわせていて、場合によっては本人たちも気づいてない。
でも気付いてないけど、死人が出たり事故や病気になったりする事は、他の家よりもずっと多いと。
町によっては、Bに押し付けるとは限らなくて、何か悪い事をした家とか、お家騒動があった名家とか、町に後から来たよそ者とかにそういう役目を押し付けて、ヤバイ場所に住まわせるって事をするんだって。
もちろん本人には教えないで。
「今でもそんなんをやっとるところもあるやろから、引っ越しする時は気を付けなあかんで」って、そういう教訓めいた話として、爺さんはこの話を結んだ。
それで、一人暮らし始める時とか、知らない街の不動産屋さんに何故か一軒を執拗に勧められる時は、怪しんだ方が良いみたい。
自分がニエを押し付けられてるかもしれないよ。