私には父親が生まれた時からいなくて、ずっと母親と二人暮しでした。
私がまだ母と暮らしていた17歳の頃の事です。
夜中の3時ぐらいに「ピーー」と玄関のチャイムが鳴りました。
丁度その日は母と夜中までおしゃべりをしていて、2人とも起きていました。
「こんな遅くに誰だろね」
なんて話しつつ、私がインターフォンを取りました。
そうすると女性の声で、
「あの…あの…突然すみません…。今晩、あの…泊めて頂けませんか」
声の感じでは40代ぐらい。その妙におどおどしていた感じが気になって、
「え?泊めてくださいって、母の知り合いの方ですか?」
と聞き返しました。すると相手は、
「いえ…全然違うんです…あの…私近所のマンションに住んでまして、あの…私会社をクビになって…あの…、もう住む所がなくて…だから泊めて頂きたいと…」
話がよく理解できなかった私は、
「母の知り合いではないんですね?でも泊めるのは…」
と、おろおろしてしまいました。そこで見かねた母が、
「私が代わるから」
と言って、インターフォンで話し始めました。
私は『一体なんなんなんだろ?』と思って、玄関の窓越しに相手を見に行きました。
※
私が玄関の窓越しに見たその女性は、明らかに変な人でした。
まず、顔はどうみても50代なのに金髪の長髪。
白い帽子を被っていて、明るい緑のブラウスに、赤地に白の水玉のふわっとしたスカート。
右手にはたくさんの物が入った紙袋を持っていました。
その様子を見て、これは変な人だと察知した私は、まだインターフォンで話している母に、
「ちょっとママ!玄関に来てる人、絶対変!怖いからもうやめよう!相手にしないで『駄目です』って言って断ろう!」
とまくし立てました。
そしたら母は、
「ははははは」
と笑って、
「なんかこの雨の中、傘もなく歩いてきたんだって。怖いなら傘だけでも貸して帰ってもらおう」
と言うじゃありませんか。
その日は確かに雨がざんざん降りでした。
私はもうその人の外見を見てるので泣きたくなって、こういう事にだけは度胸がある母を恨みました。
私は怖くなったので、玄関から離れた奥のリビングから玄関の様子を伺っていました。
母が玄関を開けて話している声が聞こえてきて、しばらくすると
「家には入れられません!帰ってください!」
と母の怒鳴り声が聞こえました。
※
私は普段、母の怒鳴り声なんか聞いたこともなかったので、それだけでかなりビビッてしまい、その時点で涙目になっていました。
玄関では「ガチャガチャガチャガチャ!!」とチェーンの付いた扉を無理やり開けようとする女性と、閉めようとする母が出す音が大きく響き渡り、17歳の私を泣かせるだけの迫力がありました。
でも、その押し問答の最中も聞こえてくるのは母の声だけ。
相手の声はしません。
やっと「バタン!」と玄関が閉まる音がして、母がふぅふぅ言いながら部屋に帰ってきました。
「あの人、やっぱりあなたの言う通りだね。頭おかしいみたい。怖かったでしょう、ごめんね」
と母が言うので、
「なんかされたの?大丈夫?」
と聞き返しました。
すると母はまた笑って、
「いやいや、全然大丈夫。今日はもう寝なさい」
と言いました。
しかし、この話をしている最中にまた玄関のチャイムが「ピーピーピーーピーーー」と物凄い勢いで鳴り始め、今度は玄関のドアが「ドンドンドンドン!!」と叩かれました。
私のビビり具合は最高潮に達して、
「警察に電話しようよ!」
と泣き始めました。
母は、
「あとしばらく続くようなら警察を呼ぼう。あなたはもう寝なさいって。大丈夫だから」
と言い、寝る準備を始めました。
私は怖くてなかなか寝付けず、しばらく玄関の音に耳をすませていました。
玄関の音は30分ぐらいで止みましたが、それ以来しばらくは夜中のお客さんは怖くて怖くて仕方ありませんでした。
※
その夜の出来事から5年後、私は一人暮らしを始める事になりました。
明日から新しい部屋で暮らす事になった晩に母と話をしていて、
「そういえば、あんな事があったね~。私怖くて怖くてめっちゃ泣いた記憶がある(笑)」
と話したら、母が、
「う~ん、あれだけで怖がってるようじゃ、大丈夫かしらね、一人暮らし」
と言うので、
「あれだけで?」
と聞いたら母が言うには、
「私ね、あの時あなたが物凄い怖がってたから、言わなかったけど、まずあの人ね、雨が降ってる中歩いてきたっていったのに、全然雨に濡れてなかったのよ。で、左手にバットを持ってたの。しかも、あの人、男の人だったよ」
私が腰を抜かしたのは言うまでもありません。
警察呼んでよママ…。
「なんで警察呼ばないの~!!!」
と言ったら、
「なんだか逆恨みされそうじゃない、家はもう知られてるし」
その次の日から一人暮らしをする事になった私ですが、怖くてしばらくは実家に帰っていました。
みなさんも夜中の来客にはお気を付けください。