大学一回生の夏。私たちの間で心霊スポット巡りが流行っていた。
その日も友人A(女)と、Aの彼氏Bとその友人C(男)と4人で、関西で心霊スポットとしてはかなり有名な、U病院という廃病院に行くことになった。
私はCの車に乗り、AはBのバイクの後ろに乗って、午前1時頃、街から離れた物寂しい所にあるその病院に到着した。
4人ともその異様な雰囲気に鳥肌が立ちまくっている。
ドキドキしながら懐中電灯をそれぞれの手に持ち、4人で固まって中に入って行った。
その病院には様々な噂があり、出たというのは殆どが2階でということなので、私たちはいきなり2階に上がることにした。
夏だというのに、2階はやけに寒い。鳥肌のせいじゃない、冷たい風が吹いているという感じだ。
埃っぽい空気のせいでAは咳き込んでいた。それ以外はなぜか4人とも無言だった。
足音が響く。廊下の先の闇は、懐中電灯を向けても何も照らし出さないほど深い。
廃墟独特の不気味さだ。でもそれだけじゃない。
真っ暗な廊下の先から何かが来ている、近付いて来ている…。そんな気がして仕方なかった。
精神的なものからだろうか、足が重い。足が地面からなかなか上がらなくなってきた。
いきなりCがポツリと言った「なんかさ…前の方(廊下の先)から…なんか…」
私はギクっとした。Cも同じ事を感じていたのではないか。Bも口を開いた。
「Cもわかった? なんか…来てるよな」
続いてAが言った。
「すぐそこ…いるよお!!もう逃げようよ!!」
体中がゾクゾクっとなり…、身の毛がよだつとはこのことだ。4人とも夢中で階段まで走った。
階段を駆け下り1階に着いたとき、踊り場でBが足を止めていた。
Aが「なにしてんの、早く!!!」と急かすが、Bは「ちょっと待って」と動かない。
踊り場でBが見つけたものは火災時に窓を割ったりする小さいオノのようなものだった。
踊り場の壁にガラスのようなものが埋め込まれていて、その奥にオノが一つ置いてあった。
災害時にそのガラスを割ってオノを取るようになっているものだ。
そのガラスは割れていて、オノが簡単に取れる感じだった。
「これ記念に持って帰ろうや」
Bはそう言ってオノを手に階段を降りて来た。
私はBにイラついた。AもCも同じだったと思う。この状況で何言ってんだ、空気読めよって。
とにかく外へ出てすぐ車に飛び乗り、私たちは逃げるように帰路についた。
その帰り道なのだが…。
Cはその辺りの道に詳しくないので、Bのバイクに先導してもらっていた。
私を乗せたCの車はBの後を追うが、やけにBが飛ばしてる。Cの車が離されて行く。
カーブの多い山道を、Bは特にバイクの運転技術があるというわけでもないのに、まるで峠の走り屋のように飛ばしている。
私もCもほぼ口を揃えて言った。
「さっきの踊り場での言動といい、B、まさか…?」
Cはパッシングし、車を路肩に止めBもそれに気付きバイクを停めた。
「お前危ないやろ、もっと落ち着いて運転せいや」
Cが注意する。Bの後ろに乗っていたAは震えている。
そんな状況の中、Bはおもむろにバイクからさっきのオノを取り出した。
そしてバットの素振りをするようにオノを振りながら「このオノ、霊ついとるんかもな(笑)」と。
CはBの手からオノを奪い、それをガードレールの向こうの、木が茂る崖の下へ放り投げた。
「つまらん冗談言うなや!悪ふざけも度が過ぎとるぞ!!洒落ならんわ」
Cが怒鳴った。
Bは何の反応も示さない。鼻歌でも歌ってるような感じだ。その反応のなさがひどく不気味だった。
普段のBはそんなキャラじゃない。もっと真面目でしっかりした人のはずだったからだ。
「A!Cの車に一緒に乗ろう」
私とAはCの車で送ってもらった。
もうBはスピード出しすぎたりすることはなかった。
次にBに会った時は普通のBに戻っていた。
Bはあの日のことについてはあまり記憶がはっきりしないようだった。
「ビビりすぎて、かなり精神がまいってた」とだけ言っていた。
4人とも、あの時Bはきっとパニック状態でおかしくなっちゃったんだ、そういう結論で落ち着いた。
でも私は、もしかしたらBは病院の2階の時点で、廊下の奥から近づいてきた「何か」に憑かれたのかもしれない…。
なーんて…心のどこかで思っていたりする。おそらく、口にしないだけで、AもCも同じだろう…。
話はもう少しだけ続く。
※
その年の夏の終わりのある夜、私は別の友人D(女)とE(男)と遊んでいた。
その時、なにげにあの日のU病院での出来事をその友人たちに話すと、彼らは「そこ行ってみたい」と、目をキラキラさせて飛びついてきた。
「無理無理!!あそこは本当ヤバイって」
もちろん私はやめるように言ったが2人は全く聞こうとしない。
「今から行こう行こう」
2人はやけに盛り上がってる。そういえばあの日の私たち4人もこんなテンションであの病院へ向かったっけ。
2人があまりにしつこいので、こういう条件でそのU病院への道を教えることにした。
・私は病院には入らない
・2階で行っていいのは階段昇ってすぐのところまで。2階の廊下には足を踏み入れないこと
・何も持ち帰らない
・帰りの運転は私がする
この約束をし、私たち3人はU病院へ向かった。
車の中で待つと言った私を残し、早速DとEは懐中電灯を持って車を降りて病院入り口へ歩いて行った。
真っ暗な山道にポツンと停まる車、シーンとした車内に一人。
私は酷く怯えていた。もしかして、3人であの病院に入るより、一人で車内にいる方が恐ろしく怖いんじゃないか?
どうせあの得体の知れない気配がある2階には行かないんだ、絶対その方が一人よりいい。
1人ぼっちにされてみて、私は初めてそう思った。
「D、E!!待って!」
私は車から降りて、まだ視界にあった2人を追いかけた。
「やっぱ一人は怖い。ついていくけど…お願いやからちょっと見たらすぐ帰ろうな!!」
「わかってるって」
Eは頷いた。
やはりこの病院の中は異様な雰囲気だ。気温は27度はありそうな感じだが、鳥肌がおさまらない。
ましてやここで怖い思いをした後だ。前に来た時以上の恐怖感が私を襲う。
相変わらずDとEは楽しそうだ。
階段のあと3、4段で2階というところまで来た。DとEは2階の廊下を覗く。
「確かにこれはヤバイ感じ」
「めちゃくちゃ怖いな…」
さすがに2人も、この不気味な雰囲気に少しビビったようだ。
その時、私は2階の方は見なかった。2階のあの気配を感じることすら嫌だったからだ。
「もういいやろ、帰るで」
私は2人を急かすと、2人は素直に「うん」と言った。完全にビビってしまってるようだ。
1階へ降りる時、階段の踊り場で私は2人に言った。
「この中のオノをBが持って帰ろうとしたんや」
Eは言った。
「へー。このオノか…。見た感じも、確かに気持ち悪いなあ…」
「…え?」
私は恐る恐る踊り場の壁を見た。
壁に埋め込まれたケースの中に、あのオノが、ある…。
Dが震える声で言った。
「ちょっと待って…だってさっき、オノは帰り道に崖へ投げ捨てたって…?」
それからの事はあまり覚えていない。
夢中で車に飛び乗り、気付いたらEの家で3人で震えていた。