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切り倒された木 ― 呪いの記憶と連鎖

呪の連鎖

呪いなんて、本当にあると思うだろうか。

俺はもともと、心霊現象やオカルトといったものには一切関心がなかった。

だから、「呪い」なんて言葉にも無縁だと思っていた。
仮にそんなものが実在するなら、とっくに俺はこの世にいないはずだからだ。

自分で言うのも嫌になるが、これまでの人生で、俺は多くの人間を傷つけてきた。

命を奪うようなことはしていないが、何人もの女性の人生を台無しにしてしまった。
風俗に堕ちた子、AV業界に入った子……思い出すたびに後味の悪い顔が浮かぶ。

だからこそ思うのだ。
もし「呪い」なんてものが本当にあるなら、俺はすでに祟られて死んでいるはずだと。

そんな俺にも、唯一といっていいほど心から信頼できる友人がいた。
今から語るのは、その友人――Aの話だ。

あれは、1年半ほど前のことだった。

久しぶりにAから連絡があり、俺は指定された待ち合わせ場所へと向かった。
お互いに仕事が忙しく、会うのは3ヶ月ぶりくらいだっただろうか。

先に着いていたAに「おー、早いな」と声をかけると、彼は笑って「たまには早く来るさ」と返した。

けれど、そこで言葉が途切れると同時に、Aの表情から笑みが消えていった。

普段なら、まずは飲みにでも行こうという流れになるはずだった。
しかしその日は、どこか様子が違った。Aの顔つきがそれを物語っていた。

「どうしても聞いて欲しいことがある。家に来てくれないか」

その言葉に、俺は「何かあったのか?」と尋ねたが、Aは「家で話す」とだけ言って、足早に歩き出した。

Aの家に着くと、彼は深く息を吐き、ぽつりと告げた。

「……兄貴が、仕事中に死んだ」

「えっ? 兄貴って、2年前に死んだんじゃなかったか?」

「2年前に亡くなったのは長男。今回死んだのは次男だ」

思わず言葉を失った。

Aの次男は、大手のタイヤ工場で機械整備の仕事をしていたという。

その日、通常の作業後にメンテナンスを行っていたところ、停止しているはずの大型工作機械が突然作動し、頭部を挟まれたのだという。

即死だった。

「……何も言えなかった」とAは言った。

だが彼の語りは、さらに続いた。

「2年前に、上の兄貴が事故で死んだ時も、妙なことがあったんだ」

その事故とは、Aの長男が妻と子どもを連れて車で移動中に、大型トラックと正面衝突したというものだった。

場所は片側二車線の道路。
調査では、対向車線への急なはみ出しが原因とされていた。

トラックの運転手は「よける暇もなかった」と証言したという。

さらにAは、奇妙なことを口にした。

「ブレーキと床の間に猫が入り込んでたらしいんだ」

当然、猫も死んでいた。Aの兄は猫嫌いで、飼っていたという事実はなかったという。

「途中で拾ったんじゃないのか?」

そう聞いた俺に、Aは静かに首を振った。

「絶対にない。兄貴は筋金入りの猫嫌いだった」

その後、空気を和らげようと俺は近くの店で酒を買い、再びAの家に戻った。

缶ビールを手渡すと、Aはぽつりとつぶやいた。

「これで……俺、一人になっちゃった」

彼の母親はAが幼い頃に亡くなり、父親も数年前に他界していた。
唯一の家族だった兄たちも、今やこの世にいない。

そう話すAの表情は、どこか虚ろで、どこか怒りにも似た気配があった。

そして彼は、ぽつりと尋ねてきた。

「なあ、呪いって信じるか?」

「テレビでやってる、木に釘を打つようなやつのことか?」

俺は冗談めかして返したが、Aは真剣な表情のままだった。

「兄貴たちも、父親も……呪いで死んだのかもしれない」

そう呟いた瞬間から、Aの話はさらに深い闇へと進んでいった。

Aが語り始めたのは、彼の幼少期に起きた、ある家にまつわる奇妙な記憶だった。

Aの実家があるのは、どこにでもあるような静かな田舎町だったという。

子どもたちが外で元気に遊ぶような、のどかで平和な場所。

だが、そんな町に、子どもたちが決して近寄りたがらない家が一軒だけ存在していた。

理由は単純だった。

その家のおばさんの見た目が、子ども心に“得体の知れない恐怖”を感じさせるものだったからだ。

険しい表情。張り詰めた空気。まるで常に怒っているような雰囲気。

Aも友人たちも、その家の前を通るときは、息をひそめて足早に通り過ぎた。

ある日、近くで野球をしていた子どもたちのボールが、偶然その家の庭に入ってしまった。

Aが恐る恐るボールを取りに行き、「すみません」と挨拶しながら敷地に足を踏み入れた瞬間、おばさんが鎌を持って怒鳴りながら飛び出してきたという。

それ以来、あの家は子どもたちにとって「触れてはならない場所」になった。

Aが小学2年の頃のこと。

夜中にトイレへ起きたとき、家の裏の小さな窓の外から「ザク、ザク」という音が聞こえてきた。

なんだろうと覗いてみると――

そこには、鎌を振りかざして庭の大きな木に刃を何度も突き立てる、おばさんの姿があった。

その異様な光景に、Aは恐怖のあまり眠ることもできなかった。

翌朝、登校途中にその木を見に行くと、幹には無数の傷がつき、そして一本の太い釘が打ち込まれていた。

「怖い」としか思えなかった光景。

だがAは、後年になって振り返ったとき、そのおばさんに対して同情すべき点があったことにも気づいたという。

おばさんの夫は、町内でも有名な酒乱だった。

毎晩のように酒に酔い、怒鳴り散らし、暴れ、時に手を上げることもあったと噂されていた。

あの頃、おばさんの精神は限界に近かったのかもしれない。

Aは、そう静かに語った。

やがて数ヶ月が過ぎ、あの家で最初の「異変」が起きた。

ある日、学校からの帰り道。

Aと友人たちは、例の家の大きな木の下に、誰かが倒れているのを見つけた。

最初は酔っ払って寝ているのかと思ったが、心配になり近くの大人に知らせたところ、救急車が呼ばれた。

倒れていたのは、あのおばさんの夫だった。

すでに息はなかった。死因は心臓発作。

農作業に出ていたおばさんもすぐに呼び出され、病院へ向かったという。

子どもだったAは、死体を見たというショックだけでなく、あの夜見た「鎌を振るおばさん」の記憶と重なって、言いようのない恐怖に包まれていた。

だが、それから間もなくして――

あのおばさんはまるで人が変わったように、明るくなった。

笑うようになり、挨拶も返してくれるようになった。

けれど、その笑顔は長くは続かなかった。

おばさんには二人の息子がいた。

次男は真面目で誠実な人物で、すでに家庭を持ち別の場所で暮らしていた。

一方、長男は父親譲りの酒癖の悪さで、職を転々とし、家にも寄りつかなかった。

父親が亡くなったのを機に「母の面倒を見る」と言って、長男は実家に戻ってきた。

しかし、それはおばさんにとって「新たな苦しみ」の始まりだった。

昼間から酒をあおり、酔っては母親に暴力をふるう。

次男が何度も母を心配して家に駆けつけ、兄に抗議したというが、それでも長男の暴力は止まらなかった。

ある晩のこと。

Aが家族と食事をしていると、玄関が激しく叩かれた。

声の主は、隣家のお姉さんだった。

「木の下に、人が倒れてるの!」

声は震えていた。

父親が急いで駆けつけ、すぐに救急車を呼び、Aたちに「絶対に家から出るな」と言い残して再び飛び出していった。

救急車、パトカー、騒然とする現場。

夜通し続いた騒ぎの翌朝、Aは知ることになる。

――事件が起きたことを。

あの木の下で、長男が殺されていた。

鈍器で頭部を何度も殴られた凄惨な遺体。

犯行現場は家の裏手だったが、長男は最後の力を振り絞り、あの木の下まで這い出て、そこで息絶えたのだという。

第一発見者は母親。

最初はおばさん自身が「自分がやった」と証言したため警察に連行された。

だが、翌日になって次男が出頭。

「犯人は自分だ」と名乗り出たため、おばさんは釈放された。

当時、地元の新聞はこの事件を大きく取り上げたという。

判決は軽かった。

動機が「母を守るため」であったこと、周囲の証言、さらには嘆願書も提出されたのだろう。

次男は短い刑期で済んだ。

だが、その判決が出た日。

おばさんは、家のあの木に縄をかけ、首を吊って命を絶った。

Aは、学校から帰るまでそのことを知らなかった。

あの家では、わずか2年ほどの間に、3人もの命が失われた。

その後、誰も住まなくなったはずのその家。

それでもAは、その前を通ることができなくなった。

見えるだけで恐ろしく、大回りをして帰宅するようになった。

実家の玄関から、その家が見えるというのに。

Aが中学に上がる頃には、かつての事件も徐々に町の人々の記憶から薄れつつあった。

けれども、Aの中で、あの家とあの木に対する恐怖は決して消えることはなかった。

それは、“誰も住まなくなった”はずの家を見かけるたび、ふと湧き上がる不快な気配として、いつまでも彼の生活の傍にあったという。

やがて時は流れ、事件から5年ほどが経過した頃。

あの家の次男――つまり、母親を守るため兄を殺めた男が、刑期を終えて戻ってきた。

彼は近所の家々を回り、頭を下げて謝罪を繰り返していたという。

Aの家にも姿を現し、Aの父親は彼にこう声をかけた。

「苦しかったな……。これから、頑張るんだぞ」

かつてから次男の誠実な人柄を知る人々は、彼を責めることはなかった。

次男は懸命に働き、少しずつ地域との関係を取り戻していった。

そして彼の妻――彼の逮捕以降も離婚せず、ひたすら夫の帰りを待っていた女性。

その健気さもまた、周囲の温かいまなざしを引き寄せた。

やがて夫婦に子どもが授かり、町には一時、明るい空気が流れた。

生まれたのは男の子だった。

だがその子どもには、生まれつき心臓に重い障害があった。

次男は、息子の命を救うために、より多く働き、奔走した。

それでも願いは届かなかった。

男の子は、生後半年でこの世を去ってしまった。

それから2ヶ月後、次男の妻は焼身自殺を遂げた。

まるでそれを追うかのように、次男は、あの「木の下」で首を吊った。

かつて兄が絶命し、母が命を絶った、あの木の下で――

町には、再び重い空気が漂った。

そして人々の間に、次のような「噂」が広がり始めた。

「――あの木が悪いのではないか?」

「呪われているんだ」

「このままだと、もっと不幸が起こるかもしれない」

木を切り倒そう。根ごと除いてしまおう。

そんな話も出た。

けれど、不思議なことに、誰ひとりとしてその行動に踏み切る者はいなかった。

ある日、遠縁にあたるという男たちが町に現れた。

おばさんの親族だと名乗る彼らは、こう申し出た。

「自分たちが、この木を処分します」

念のためと、彼らは先に御祓いを受け、それからチェーンソーを使って、木を切り倒していった。

かなり大きな木だったため、倒木の処理には時間がかかり、特に根の部分は「後日掘り返す」ということになった。

だが――

数日が過ぎても、根が掘り返されることはなかった。

町には再び不気味な空気が流れ始めた。

そして数週間後。

木を切った男の一人が、酒に酔って側溝に転落し、頭部を強打して死亡した。

もう一人は、農作業中にトラクターが横転し、下敷きとなって命を落としたという。

それ以来、あの「根」は、誰の手にも触れられることなく、地中に残されたままだった。

Aが高校を卒業し、町を離れるときも、その「根」はまだそこにあったという。

それから数年が経ち、Aは俺と同じ専門学校で学ぶようになった。

知り合ってすぐに打ち解け、以来ずっと友人関係が続いていた。

Aは頭も良く、性格も穏やかで、就職もすぐに決まった。

一方、俺はというと、卒業してもフラフラし、女を泣かせてばかりだった。

そんな俺を、会うたびにAは叱ってくれた。

「もう少し、まじめに生きろよ」

その言葉が、今でも頭に残っている。

そして、Aが就職してから3年が経った頃。

あまりにも突然の出来事が起きた。

Aの父親が、心臓発作で亡くなったのだ。

Aの話では、これまでまったく病気をしたこともなく、薬すら飲んでいなかったという。

だからこそ、信じがたいほどの衝撃だった。

通夜のために実家に帰ると、すでに長男と次男が集まっていた。

葬儀を終え、3人は久々に揃って酒を飲みながら語らったという。

その夜、長男がふと口を開いた。

「なあ、お前ら……あの家の木を見たか?」

「何の話?」

と返すと、長男は静かに言った。

「あの“根だけ残ってた木”のことだよ」

そして――

「あれを掘り返したのは、親父なんだ」

その言葉に、場の空気が止まった。

Aの中で、忌まわしい記憶が一気に蘇っていく。

「まさか……あの根を、父さんが?」

次男は急に声を荒らげた。

「ふざけるなよ……ただ掘り返しただけで呪われるってのか? そんな馬鹿な話があるか!」

しばし沈黙が続いた。

Aは、ふと口を開いた。

「……なんで父さん、あんなことしたんだろうな。理由、兄貴は聞いてないの?」

長男は首を振った。

「いや……理由は聞いてない。だけどな、掘ったあとに突然死んだんだ。偶然って、思えないんだよ」

それを聞いた次男は、呆れたように顔をそらした。

「兄貴さ、やめろよ……」

それでも長男は続けた。

「昨日、夢に親父が出てきたんだ。何度も『すまない、すまない』って、俺を見ながら謝ってた」

Aと次男は顔を見合わせた。

「……なんで兄貴のところにだけ出てくるんだよ」

Aがそう問うと、長男はしばらく黙った後、ぽつりと口にした。

「……次は俺なんじゃないかって、そう思ったんだ」

その場はそれきりで、誰もそれ以上、その話をすることはなかった。

だが、その夜から――3人の運命は、さらに深く、絡まり始めていく。

父親の死からおよそ1年と9ヶ月が経ったある日。

Aと次男のもとに、長男と連絡がつかなくなったという知らせが入った。

電話をかけても出ない。留守電にも応答がない。妻に連絡しても、まったく応答がなかった。

さすがに不審に思った次男は、長男の勤めていた会社に電話をかけた。

そこで返ってきた答えは、予想を超えるものだった。

「一ヶ月ほど前に、突然退社されましたよ」

あまりに唐突だった。

Aと次男は急ぎ、長男の自宅へ向かった。

インターホンを何度押しても応答はなく、物音ひとつしない。

そこへ、隣人が出てきて、こう言った。

「3人で旅行に行くって言ってましたよ。楽しそうでしたよ」

その言葉に、Aと次男は顔を見合わせた。

あれほど頻繁に連絡を取り合っていたのに、一言の相談もなかった。旅行に行くとはどういうことなのか――

直感的に、二人は「何かがおかしい」と感じた。

次に向かったのは、3人の実家だった。

だが、そこにも誰の姿もなかった。

空き家同然の実家には、気配さえ残っていなかった。

そしてその二日後、警察からAと次男に連絡が入った。

「長男一家が、事故で亡くなりました」

その報せは、二人にとって唐突すぎる結末だった。

事故の詳細は、不可解としか言いようのないものだった。

三人家族全員が亡くなったという事実だけが、乾いた現実として突き刺さった。

葬儀が終わっても、二人はその事実を受け入れることができなかった。

そして、後日。

長男の家の片付けを手伝っていたAは、一冊のメモ帳を見つける。

そこには、乱雑な文字で何度も同じ言葉が繰り返し書かれていた。

『俺が何をした』

『俺が何をした』

その文字は、何ページにもわたって続いていた。

そして最終ページに、こう書かれていた。

『俺と〇〇、そして〇〇。これで3人だ。もう終わりにしてくれ』

Aと次男の名前が、そこに記されていた。

Aは、言葉を失った。

静かに次男へメモ帳を手渡すと、次男は黙ってそれを見つめた。

しばらくして、次男が口を開いた。

「……兄貴は、神経質すぎたのかもしれない」

そう言ったきり、次男も黙りこくった。

Aの心には、どうしようもない恐怖が芽生えていた。

もう、偶然とも言いきれない。

すべてが繋がっているように思えた。

Aは次男を無理やり誘い、祈祷師や霊能者を何ヶ所も回った。

自分の中で説明がつく答えを求めて。

除霊、御祓い、供養。

どれが正しいのかもわからぬまま、Aはすがるように奔走した。

けれど――

長男の死から2年後。

今度は、次男が事故で亡くなった。

その報せを聞いたとき、Aはただ静かに肩を落とした。

あの時、長男が言った言葉が、今も胸に残っていた。

「次は……俺なんじゃねぇの」

呪いという言葉が、静かに、確実に、現実を侵食していく。

Aの家族は、わずか数年の間に全員が亡くなった。

父、長男、次男、そしてその家族。

Aが「天涯孤独」になったそのときから、俺とAは、より頻繁に会うようになった。

会っては、酒を飲み、くだらない話をして過ごした。

けれど、ある時からAは少しずつ、自分の死を意識しているような発言をするようになっていた。

「車で事故るのは嫌だから、売っちまった」

「人って、ほんとあっけなく死ぬんだよな」

そんな言葉を、笑いながら話していた。

その数ヶ月後、Aから突然連絡があった。

「病院にいるんだ。暇だから、見舞いにでも来てくれよ。話もあるし」

驚いた俺は、すぐに病院へ向かった。

病室のドアを開けた瞬間、息が詰まった。

そこにいたのは、まるで別人のように痩せ細ったAだった。

衝撃を隠すため、冗談を口にした。

「個室なんて、ずいぶん贅沢だな」

Aは笑って答えた。

「俺、これでも結構金持ってるんだよ」

けれどその笑顔の奥に、深い影が見えた。

医師からは、進行の早い癌だと聞かされていた。

余命は、3ヶ月。

Aはベッドに体を預けたまま、ぽつりと言った。

「……呪いだよ」

俺はすぐに否定した。

「そんなもの、あるわけないだろ」

「じゃあさ。偶然で、俺の家族全員が、こんな短期間で死ぬのか?」

Aの目には、怒りと諦めが混ざっていた。

やがてAは落ち着き、俺にある頼みごとを持ちかけてきた。

「Bのことなんだけどさ……お前、あいつを口説いてくれないか?」

Bは、学生時代からAと付き合っていた女性だ。

俺もよく知っている。まじめで優しく、Aにはもったいないくらいの子だった。

「……は?」

俺は、あまりに唐突な依頼に戸惑った。

Aが言うには、病気のことをBに告げたところ、すぐにでも結婚すると言ってきたらしい。

けれどAは、それを受け入れなかった。

「呪いが、Bにまで及んだら……俺は、死んでも死にきれない」

そう言った。

Aがどれほど呪いを信じていたか、痛いほど伝わってきた。

俺はため息混じりに答えた。

「自己主張の強い女は、俺の趣味じゃないんだけどな」

「頼めるのはお前だけなんだよ」

Aは懇願するように言った。

結局俺は、Bに会いに行った。

何を話すべきかも決まらないまま。

そして――

俺が「Aのことなんだけどさ」と切り出した瞬間、Bは遮った。

「別れる気はないから」

俺は言葉を失った。

Bの目は、真っ赤だった。

話さなくても、何をしに来たのか分かっていたのだろう。

「……別れることは、もうできないよ」

「……それだけ長く付き合ってたんだもんな」

「そうじゃないの」

Bは続けた。

「子どもが、できたの」

Aの子だという。

その瞬間、俺の頭の中が真っ白になった。

「子どもができたってことを彼に伝えれば……病気も、治るかもしれない」

Bは、涙を流してそう言った。

だが俺は即座に反対した。

「今のあいつに、そんなこと伝えるな」

当然、Bは怒った。

俺たちは店内で口論になり、ついには店を追い出される始末だった。

外に出て、落ち着きを取り戻した俺は、聞きづらい質問を投げかけた。

「避妊はしてたんだろ?」

Bは静かにうなずいた。

けれどある時、夢を見たのだという。

3日間続いたという奇妙な夢。

一日目は、会ったことのない男性が「すまない」と繰り返す夢。

二日目は、Aの次男が現れて謝る夢。

そして三日目――

Aが手を振って、遠ざかっていく夢。

その夢を見てから、Bは「結婚しなければ」と強く思うようになった。

だが、Aは入院してしまい、妊娠が判明したのはその直後だった。

「……この命は、Aの希望なんだと思う。だから、絶対に産むよ」

俺は何も言えなかった。

そして、Bを俺の家に呼び、Aの家族に起きたすべての出来事を話した。

呪いのことも、木のことも、兄たちの死も。

Bは静かに涙を流しながら、うなずいた。

「きっと……言えなかったんだね。そんなこと」

「そうだ。だから今、俺が伝える」

「でも、産むよ。私が選んだことだから」

Bは、もう迷っていなかった。

それから俺とBは、これからのことを何度も話し合った。

Aの病状は日を追うごとに悪化していった。

そして――

余命宣告からわずか2ヶ月も経たずに、Aは静かに息を引き取った。

駆けつけたとき、Aの体にはすでに温もりがなかった。

Aは、自分の死後について、細かく準備をしていた。

Bへの手紙。

俺とBへの手紙。

そして、俺だけに宛てた手紙。

その手紙の中には、一通の婚姻届が同封されていた。

そこには、Aの筆跡でこう記されていた。

『Bのお腹の子は、俺の子ではない。お前の子だ』

『だから、お前が責任を取って、Bを幸せにしろ』

『頼むから……頼むから、この願いを叶えてくれ』

『もし叶えてくれなければ、お前を呪う』

俺は呆然とした。

Aは、すべて分かっていたのだ。

Bが妊娠していることも、俺が動いていることも。

けれど――

なぜ、俺の子だと言い残す?

きっと、Aは本気でそう信じたわけじゃない。

ただ、Bと子どもを守る“理由”を、俺に強引に与えたかったのだろう。

自分がいなくなったあとの二人をつなぐ、最後の手段として。

けれどその言葉の最後には、やっぱりあの言葉が刻まれていた。

『……お前を呪う』

Aの周囲に起こった出来事は、偶然だったのかもしれない。

でも――

それでも、あの木の下で始まった“何か”が、確かに今も、どこかに根を残しているような気がしてならない。

俺はまだ、あの婚姻届を出せずにいる。

それでも、願っている。

せめて、生まれてくる子どもが、

何も背負わず、ただ幸せに生きられるように――

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