サイトアイコン 怖い話や不思議な体験、異世界に行った話まとめ – ミステリー

人肉館

肉

「なあ、人肉館に行かないか?」

夏休み。私は休みを利用して久しぶりに実家のある長野県へと帰って来た。

普段は東京で働いているのだが、実家は山あいの町。気温は高いが湿度は低く蒸し暑くない。左右にはアルプスが走り、絶景を作り出している。

都会に比べとても快適な気候と、久しぶりの故郷に嬉しさを感じながら、 私は実家へ向かった。

どうやら家には誰も居ないようだ。自営業を営んでいる父と母は今働きに出ている。兄弟も何処かに遊びに行っているようだ。

私は居間に腰を下ろし一息付こうと考えたが、先日までの仕事の疲れと朝早く家を出たことが重なってか、極度の疲れを覚え家族の帰りまで少しの間眠ることにした。

「ピピピピピ、ピピピピピ」

電話の着信音で私は目を覚ました。

どうやら私の帰郷を知っている友人からのようだ。用件は晩御飯の誘いだった。

久しぶりに実家に帰ってきたこともあり、 家族と食事を取りたいと思っていたが、やはり友人と会えるのは嬉しい。私は二つ返事で誘いに乗った。

電話を切り時計を見る。時間はもう18時を回っている。大分寝てしまったようだ。

夕日が部屋の中をオレンジ色に染めている。眩しくて目がしっかり開かない。

相変わらずまだ誰も帰って来ていないようだ。

顔を洗って母に食事に出ることをメールで伝えた。

身支度を整え、私は車で友人の家に向かった。

友人の家に着き、呼び鈴を鳴らすとドアから懐かしい顔が覗いた。

久しぶりに会った友人と他愛のない会話をし、その後近所にある食堂に行くことになった。

昔の思い出話や、最近の状況をお互い話しながら食事を済ませ、そろそろ店を出ようとした時、友人が顔をわくわくさせながら言った。

「なあ、人肉館に行かないか?」

人肉館とは地元にある心霊スポットの内の一つだ。

それは町外れにある温泉街から少し山を上ったところにある廃墟で、噂では昔焼肉屋だったが経営難で資金繰りが上手くいかず、店主が殺人を犯し人肉を商品として出していたという場所だ。

地元では割と知られている話だが、私の周りでそこを訪れている人はいなかった。

初めは乗り気ではなかったが、友人のしつこい誘いと、オカルトが満更嫌いでもないこともあって行ってみることとなった。

時間は午後21時を回っていた。

私たちはネットで人肉館の場所を調べ、私の車で早速向かった。

車を走らせること30分。人肉館がある山の麓まで辿り着いた。

山の入口には何故か鳥居があり、その奥に道が延びている。

車のヘッドライトをハイビームにしても、鳥居から少し先は全く見ることが出来ない漆黒の闇だ。

地図では人肉館はここから少し進んだところにあると示されている。

幸いにも車は通れそうで、歩いて登る心配はないようだ。

私は慎重に車を進めた。先が全く見えない恐怖と、これから行く場所への恐怖がアクセルを緩める。

道はとても狭く、再び下って来るには奥にあるスペースでUターンをするしかない。

この視界だ、バックで下ることは朝を待たない限り到底無理だろう。

曲がりくねった坂道を登って行くと、 左側に今まで生い茂っていた木が無くなり、建物が見えてきた。

建物の横で私は車を停車し、助手席に居る友人が懐中電灯で建物を照らす。かなり大きい建物だ。

一面真っ白な壁だが、コケが至る所に付いている。

そして以前は看板が付いていたのだろうか、金属のフックが錆だらけになっている。

目の前にはロビーのような広いスペースが広がり、ガラスが所々に散らばっている。

以前は一面ガラス張りで、中の様子が外からでも分かるような作りだったのだろうと想像する。

そして、奥には机や椅子が目茶苦茶に壊され散らかっているのが見える。

恐らくここが人肉館だと確信する。

私は車のエンジンを切った。エンジンを切ると静寂が更に強くなる。

虫の泣き声すら聞こえない静まり返った森。車のヘッドライトを消すのが怖い。

真っ暗な森の中にたった二人。言いようの無い恐怖に包まれる。

私はヘッドライトを消した。ここから頼りになるのは二人が持っている懐中電灯だけだ。

私は腕時計を照らして時間を確認する。時間は22時を回っていた。

人肉館に入る方法は、 入口らしきドアもあるが、ガラスが割れているため正面ならば何処からでも入れそうだ。

しかし建物の左右は木が生い茂るように生えており、 とても建物の横を通って奥に行くことは出来ない。

友人が先頭を切って中に入って行く。

床一面にゴミが散らかり、壁には以前訪れた人が書いたのであろう落書きが至る所に書かれている。

それにしても怖い。

懐中電灯しか頼れる明かりが無く、懐中電灯を次の場所に移した時、そこに何か居るんじゃないかと考えてしまう。

入口から入り少し奥に進むと、厨房に入った。

調理台は錆に覆われ、天井は蜘蛛の巣に覆われている。包丁などの調理器具は何も置かれていない。

ここも入口と同様にカップ麺等のゴミが散乱している。

奥にいる友人が私に懐中電灯を向け、こっちに来いと合図をしている。どうやら、更に奥に続く道を見つけたらしい。

ヒンジ一つで繋がっていて今にも取れそうなドアを開けた私たちは、奥に続く廊下に出た。

5メートルほど先だろうか、頑丈なドアが行く先を阻んでいるのが見える。しかもその扉は南京錠で固く閉ざされているようだ。

腕時計を見る。時間はもうすぐ午後23時を回るところだ。南京錠も付いており、時間も深夜。私はもうこの辺で引き上げたいと考えていた。

しかし友人は何処で拾ってきたのか、鉄で出来た棒を南京錠に挟み込み、梃子の原理で南京錠を壊そうとしている。

やめろと言いかけた時だった。

金属が壊れるパキンという音が辺りに響いた。

私は無意識に周りを見渡す。

今の音で誰かがやって来るのではないかとは思ってしまう。

友人はしてやったりとした顔を見せ、再び私にこちらへ来いと合図をしている。

私は溜め息を吐きながら友人の元へ向かった。

頑丈な扉の先には、更に奥に進む廊下と、上の階へと続く階段があった。

今まで施錠されていたためだろうか、これまで散乱していたゴミは無く、物も壊されていない。

まさか焼肉屋の奥がこんなに広いと思っていなかった我々は若干戸惑いを覚えたが、友人は先に進もうと促してくる。

だがもう夜も遅い。私は友人にここからは二手に別れようと提案した。友人も今の時間を知ってか、私の提案に渋々賛同した。

それぞれ一通り見て周った後、またこの場所に集合することとし、友人はこのまま奥の扉の先へ進み、私は二階を見ることとなった。

暗闇の中から階段を見上げる。階段は5段程登ったところで右に折れている。

その先はどうなっているのだろうか。誰か立っているのではないだろうか。そういった思いが一歩を遅らせる。

「ガタン!」

思わず叫び声を上げそうになった。

どうやら友人が先に進んだようだ。

私も意を決し、階段に足を運んだ。

幸いにも階段を曲がった先には誰も居なかった。

階段を登ったところにはドアがあり、私はそのドアを開けた。

懐中電灯で周りを照らしてみる。

事務机が幾つか並んでおり、黒板やホワイトボードが壁に取り付けられている。どうやら何かの事務所のようだ。

更に奥の壁は一面ガラス張りになっている。

私はガラスに近付き下を覗いてみた。どうやらここから一階が見渡せるようだ。

一階はとても広い部屋で、天井はガラス張りになっている。

ガラス張りのおかげで月明かりが差し込んでおり、広い部屋をなんとか見渡すことができる。

それにしてもかなり広い。学校の体育館程ありそうだ。

目に付くものといえば、巨大な機械が数台と、藁のような草が沢山落ちている。

また中央には円形のスペースがあり、それを中心に柵で作られた囲いが何個も作られている。

よく目を凝らして見ると、中央の円形のスペースに何か四角い巨大な箱のような物が置かれている。

ここからではそれ以上見ることが出来ない。

私は暫く考え、この部屋が何を目的として使われていたのか分かった。

恐らく食肉の加工でもしていたのだろう。

柵で作られた囲いに牛や豚を入れ育て、真ん中のスペースで解体していたに違いない。

そしてさばかれた肉の一部が料理として出されていた。

噂が正しければ、きっと人もここで解体されていたのだろう…。

そう考えると、不気味さが一層強くなった。

そんなことを考えながら下を見ていると、明かりがチラホラと動いているのが見えた。

下の階を見回っている友人だ。

友人は大型機械の付近を歩いている。

しかし暫く見ていると機械の影に入ってしまい、見えなくなってしまった。

その後、私は今居る部屋を一通り見て周り、元来た階段を降りて友人の帰りを廊下で待った。

どのぐらいの時間が経ったのだろうか、友人はまだ戻って来ない。

いくら広い部屋でも、そろそろ戻って来ても良い時間である。

友人の身に何か良からぬことが起きたのだろうか。

私は懐中電灯を再び構え、友人が入って行ったドアを開けた。

先ほど上から見ていたので、大体どのような構造になっているのかは分かるが、実際に床に足をつけて見るととても広い。

入って来たドアから通路が奥まで続き、その行き先に上から見た円形のスペースがあるはずだ。

その途中、通路を挟むように大型の機械が置かれている。

大きな声を出し友人を呼べば直ぐに見つかるかもしれないが、周りは静まり返っており、何故か声を上げることができなかった。

仕方なく周りを注意しながら足を進める。

もしかしたら友人が何処かの影から私を脅かしに飛び出て来るかもしれない。

歩く度に足元にある藁が擦れて、「ザザッ、ザザッ」と音が鳴る。

入口から延びている通路を少し歩いた。

もうすぐ二階から見えた円形のスペースが見えてくるはずだ。

思惑通り少し歩くと円形のスペースが見えてきた。

そして二階からはよく分からなかった、四角い物体も徐々にその姿を現した。

歩く度に鮮明になって行く四角い物体。それの正体に気が付くまでさほど時間はかからなかった。

四角い物体は巨大な冷蔵庫だった。家庭用の冷蔵庫ではなく、業務用の大きい冷蔵庫がポツンと置いてある。

何故こんな場所に…。余りに不自然である。

このような場所では不自然に感じるものほど恐怖を覚えるものはない。

私は冷蔵庫に近付いてみた。冷蔵庫は錆だらけで、とても動きそうだとは思えない。

取っ手に手を掛け手前に引いてみる。

「ガタッ、ガタッ」

鍵がかかっているのだろうか。扉は開かない。

暫く押したり引いたりを繰り返してみたが扉が開くことはなかった。

私は友人を再び探そうと、先ほど二階で友人を見失った大型機械の方へ向かうため、冷蔵庫へ背を向け数本歩いた。

その刹那。

「ブォォォォォン」

突然の轟音に体が硬直する。

何処から聞こえてきているのかは直ぐに察しがついた。

真後ろにある、冷蔵庫だ。

もう壊れているだろうと思い込んでいた冷蔵庫が、凄まじいファンの音を響かせながら動き始めたのだ。

私は意を決し振り向いた。

足はあまりの恐怖で震えが止まらない。

もう何が何だか分からなくなってきた。

何故急に冷蔵庫が動き始めるんだ…。

数十秒、轟音を発する冷蔵庫をただ呆然と眺めていると、やがて音は止んだ。

そして…。

「ギィィィ」

冷蔵庫のドアが開いた。

重く、鈍い音が部屋に響き渡る。

ドアはこれでもかというほど遅く、その奥に隠されていた物をさらけ出していく。

見慣れた目、見慣れた鼻、見慣れた口、見慣れた顔だ。

友人の首がそこにはあった。

友人とは中学生からの付き合いである。

中学生時代は殆ど毎日登下校を共にし、沢山遊んだ。

高校、大学はそれぞれ別の学校へ進学し、その後友人は地元企業へ就職。私は東京の企業に就職した。

お互い違う県に住んでいても、帰郷した時には必ず一緒に酒を飲みに行く。何でも話し合える大切な友人だ。

そんな友人の首が開かれた扉の奥に置いてある。

両目から血が流れ、黒目は左右別の方向を向いている。

そして口からは蛇のように長い舌が飛び出ている。

恐らく、切り取られて口にくわえさせられているのだろう。

私は失禁した。

そして、震えが絶頂に達した足は私の体重を支える力を失い、私はその場に座り込んだ。

ただ、ただ、悲しみに暮れ、呆然とすることしかできなかった。

そして…。

「カシャー、カシャー」

どこからともなく、金属の擦れる音が聞こえて来る。

どうやらその音は冷蔵庫の奥、 月明かりが届かない闇の中から聞こえてくる。

私は懐中電灯をその音に向けた。

光の中から徐々に何かが現れてくる。

ゆっくり、ゆっくりと…。

それは、とてつもなく長い包丁を両手に持ち、血だらけのエプロンと手袋を着けた男と、真っ赤な血に染まった友人の服を着た女だった。

女の手には人の腕が握られている。

男が両手に持っているのは、牛の首を斬首するための包丁なのだろうか。

刃は錆びきっており、血がこびり付いている。

男は笑顔で、その両手に持った包丁をしきりに擦り合わせている。

女が持っている腕には友人がしていた腕時計が巻かれている。

女はその腕時計を狂ったように外そうとしている。

私はその腕時計が何を意味しているのか考えたくもなかった。

彼等は私に、友人を失ったことに対して悲しんでいる時間を与えてはくれなかった。

男が両手の包丁を振り上げながらこちらに向かって走って来る。

殺される。

私は立ち上がり、全力疾走で今来た道を走った。

一度も振り返ることをせず、 ただ、ただ、出口に向かって走った。

後ろからはガシャンガシャンと物が壊される音と、叫び声が聞こえてくる。

走りながら私が聞いた言葉は、 「いただきます」という言葉だ。

男はその他にも意味不明なことを叫んでいる。

出口から飛び出し、車に飛び込んだ。

震える手を押さえながらイグニッションを回す。

直ぐにエンジンが掛かり、私は車を走らせた。

山の麓にはどこかで転回しないと戻れない。

私は山を登った。

曲がりくねった山を登っていくと、やがて霧が辺りを覆ってきた。

霧のせいで殆ど視界はゼロに近い。

やむを得ず速度を落とし、転回できるスペースがないか辺りを良く見回す。

見回しながら車を進めていくと、この道の終了を意味する、鉄製の丈夫な門が現れた。

門には鎖が何重にも巻かれており、例え車で突っ込もうとも開くことはないだろう。

それを見て私は車を止めた。

そして友人のことを考え泣いた。

泣きながら窓の外を見る。

そして私は携帯電話を取り出した。

TO: お母さん

件名: ごめんね。

本文:

お母さんごめん。

やっぱり東京に戻るよ。

ちょっと野暮用が出来ちゃってさ。

お母さんの作ったご飯、久しぶりに食べたかったけど残念だな。

また来るからね。

本当にごめん。

送信を終え、私は携帯電話を閉じる。

そして…。

先程から私の横に立っていた男は、私が携帯電話を閉じるのを見て、車の窓ガラスを叩き割った。

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