へへへ、おはようございます。
今日は生憎天気が悪いようで。あの時もちょうど今日みたいな雨空だったな。
あ、いえね、こっちの話でして。え? 聞きたい? そんな事、誰も言ってない?
はぁはぁ、すみませんね、私も毎日苦しくて。
正直、この話を誰かに打ち明けないと気が狂いそうでして。
それでは、早速暇潰しにでもお読み下さい…へへへ。
※
もう10年ほど前になりますかね。当時、私はとある地方の寂れたスナックで働いてましてね。
そこで店の女の子の一人と良い仲になっちまったんですよ。ま、よくある話です。へへへ。
その女の子とはアパートに同棲してまして。スナックのママも他の従業員もみな承知の上でしてね。
まぁそこそこ気楽に楽しく暮らしてましたわ。しかし、この、仮に晴美としましょうか。
晴美はかなりのギャンブル狂でして。パチンコ・競馬・競艇・競輪・ポーカー・マージャン、何でもござれでして。
これが勝ちゃ良いんですが、弱いんですよ。賭け事にも才能ってありますよね。
案の定、借金まみれになっちまった。それでも何とか働きながら返してたんですよ。
え? 私はどうかって? 私はあなた、ギャンブルなんてやりませんよ。
そんな勝つか負けるか分からないのに大金賭けられますかいな。意外に堅実派なんですよ。へへへ。
…話を戻しましょうか。
※
同棲し始めて2年ほど経った頃でしたかね。とうとう、にっちもさっちも行かなくなっちまった。
切羽詰まった晴美は、借りちゃいけない所から金借りちゃったんですよ。まぁヤクザもんですよね。
ある夜、アパートに二人で居る時に男が二人やって来ましてね。見るからにそれモンですよ。
後は大概、お解りですよね? テレビや映画でよくある展開と同じですよ。笑っちまうくらい同じです。
「金が返せないのなら風俗に沈める」
の脅し文句ですよ。
それでも晴美は、
「一週間、一ヶ月待って下さい」
と先延ばしにしながら働いてましたよ。
え? 私? 私は何も出きゃしませんよ。ヤクザもんですよ? とばっちりは御免です。
え? 同棲しておいてそれはないだろうって? はぁはぁ、ごもっとも。
でもね、皆さんもいざ私のような環境に置かれると解りますって。
※
ある夜、いつものようにアパートに取り立て屋がやって来ましてね。ところがちょっと様子が違うんですよ。
幹部って言うんですか? お偉いさんが来ちゃいまして。
一通り晴美と話した後、つかつかと私の方にやって来まして、
「お前があいつの男か?」
と聞くんですよ。
ここで「違う」とは言えませんわね。
認めると、
「お前にあいつの借金の肩代わりが出来るのか?」
と聞くんですよ。
出来る訳ないですよ。その頃には借金、一千万近くに膨れ上がってましたからね。当然無理だと言いましたよ。
そしたらその男が、あぁ、今思えば北村一輝に似た中々の良い男でしたね。あ、へへへ、すみません。
話を戻しましょうか。
※
その男が、
「ならあの女は俺らがもらう」
って言うんですよ。
仕方が無いな、ともう諦めの境地でしたよ。私に害が及ばないのであれば、どうぞご自由に、と。
え? 鬼? 悪魔? 鬼畜? はぁはぁ、ごもっとも。
でもね、水商売なんて、心を殺さないとやってけないんですよ。
晴美に惚れてたならまだしも、正直体にしか興味ありませんでしたからね。
え? やっぱり鬼畜? はぁはぁ、結構です。
それでもって、男が妙な事を言い出したんですよ。
「あの女の事を今後一切忘れ、他言しない事を誓うならば、これを受け取れ」
と言うと、私に膨れた茶封筒を差し出したんですよ。丁度百万入ってましたよ。
でもね、嫌じゃないですか。ヤクザから金もらうなんて。
下手したら後で「あの時の百万、利子付けて返してもらおうか」なんて言われちゃ堪りませんからね。断りましたよ。
そしたら、その幹部の連れのチンピラがポラロイドカメラでもって私を撮ったんですよ。
そしてその幹部が、
「この金を受け取らなかったら殺す」
って言うんですよ。
何で私がこんな目に…と思いましたよね。渋々受け取りましたよ。
そして、
「もし今後、今日の事を他言するような事があれば、お前が世界のどこにいても探し出して殺す」
と言われました。
その時、私は漠然とですが
『晴美は風俗に沈められるのではなく、他の事に使われるんだな』
と思ったんですよ。もっと惨い事に。
※
晴美はある程度の衣服やその他諸々を旅行鞄に詰め込み、そのまま連れて行かれました。
別れ際も、私の方なんて見ずに出て行きましたね。結構気丈な女なんですよ。
一人残されたアパートで、私は暫くボーッとしてました。
明日にでもスナック辞めて、どこかへ引っ越そうと思いましたね。嫌ですよ。ヤクザに知られてるアパートなんて。
ふと晴美が使っていた鏡台に目が行ったんですよ。そこにはリボンの付いた箱が置いてあるんです。
空けて見ると、以前から私の欲しがってた時計でした。あぁ、そういえば明日は私の誕生日だ。
こんな私でも、涙がツーッと出てきましてね。その時初めて、晴美に惚れてたんだな…と気が付きました。
え? それでヤクザの事務所に晴美を取り返しに行ったかって?
はぁはぁはぁ、映画じゃないんですから。これは現実の、しょぼくれた男のお話ですよ。
※
翌日、早速スナックを辞めた私は、百万を資金に引っ越す事にしたんです。
出来るだけ遠くに行きたかったんで、当時私の住んでた明太子で有名な都市から、雪祭りで有名な都市まで移動しました。
そこを新たな生活の場にしようと思った訳です。
住む場所も見つかり一段落したので、次は仕事探しですよ。
もう水商売は懲り懲りだったので、何かないかなと探していると、夜型の私にピッタリの夜間警備の仕事がありました。
面接に行くと後日採用され、そこで働くことになったんですよ。
それから約10年。飽きっぽい私にしては珍しく、同じ職場で働きました。
え? 晴美の事? 時々は思い出してましたよ。あの時計はずっと付けてました。
北国へ来てから新しい女が出来たり出来なかったりで、それはそれで楽しくはないですが平凡に暮らしてましたよ。
私、こう見えてもたまーにですが、川崎麻世に似てるって言われるんですよ。
え? 誰も聞いてない? キャバ嬢のお世辞? はぁはぁ、失礼しました。
※
それで、つい一ヶ月前ほどの話です。同僚のMが「凄いビデオがある」って言うんですよ。
どうせ裏モンのAVか何かだろうと私は思いました。こいつから何回か借りた事があったので。
そしたらMが、
「スナッフビデオって知ってる?」
って言うんですよ。
私もどちらかと言うとインターネットが好きな方なんで、暇な時は結構見たりするんですよ。
だから知識はありました。海外のサイトとか凄いですよねぇ。実際の事故映像、死体画像、などなど。
それで、Mが続けて
「ある筋から手に入れて今日持って来てるんだが、見ないか?」
って言うんですよ。
深夜3時頃の休憩時間でしたからね、まぁ暇潰しくらいにはなるだろうってんで、見ることにしたんですよ。
私はどうせフェイクだろうと疑ってかかったんですけどね。
※
ビデオをデッキに入れ、Mが再生ボタンを押しました。
若い全裸の女が、広い檻の中に横たわっていました。
髪の毛も下の毛も、ツルツルに剃り上げられていました。
薬か何かで動けないのか、しきりに眼球だけが激しく動いていました。晴美でした。
私は席を立ちたかった。でも、何故か動けないんですよ。
やがて、檻の中に巨大なアナコンダが入れられました。何か太いチューブのような物を通って。
大袈裟じゃなしに、10メートル以上はあったんじゃないでしょうかね。
それはゆっくりと晴美の方に近付いて来るんですよ。
Mが凄いだろと言わんばかりに、得意げに私の方をチラチラと横目で見てきます。
それはゆっくりと巨体をしならせ、晴美の体に巻き付きました。
声帯か舌もやられてるんでしょうか、晴美は恐怖の表情を浮かべながらも声一つ上げませんでした。
パキパキと言う、野菜スティックを二つに折ったような音がしました。
晴美の体がグニャグニャと、まるで軟体動物のようになって行ったんです。
10分ほど経った頃でしょうか。それが大口を開けました。晴美のツルツルになった頭を飲み込んだんですよ。
「ここからが長いんだ」
とMは言い、早送りを始めました。
それは晴美の頭部を飲み込み終えると、更に大口を開け、今度は肩を飲み込み始めました。
胴体に達した途端、テープが終わりました。
それで、
「続きが後二本あるんだ」
とMが言ったんです。
「もういい」
と私は言うと、逃げるようにビルの巡回に戻りました。
※
それからなんですけどね、いつも同じ夢を見るんです。
晴美の顔をした大蛇が私に巻き付き、締め付けてくるんですよ。
そして体中の骨を砕かれ、頭から晴美に飲み込まれるんです。
凄まじい激痛なんですが、逆にこれが何とも言えない快感でしてね。
晴美の腹の中でゆっくり溶かされ始める私は、まるで母親の胎内に戻ったような安心感さえ感じるんですよ。
え? そのビデオはどうしたかって? Mから私が買い取りましたよ。それこそ、給料何ヶ月分かの大枚をはたいてね。
三本全部見て少し泣いた後、私は全てビデオを叩き壊しました。
※
それ以降、深夜に仕事をしていると晴美を感じるんですよ。
ビルなどの屋内を一人で見回るでしょう? すると、後ろからピチャピチャと足音が聞こえてくるんですよ。
振り返っても誰も居ない。それでまた歩き出すと、濡れた雑巾が床に叩き付けられるような音で、ピチャピチャと…。
晴美かな…と思うんだけれども、一向に姿を現さないんですよ。感じるのは気配と足音だけ。
そんな事が数日続き、流石に精神的に参ってしまいましてね。
今現在、休暇と言う事で仕事を休んでるんですよ。
※
そして3日前です。とうとう晴美が現れたんですよ。
深夜、自宅のベッドでボーッと煙草をふかしていたら、白い煙のようなものが目の前に揺れ始めたんですよ。
煙草の紫煙かなと思ったんですが、動きがおかしい。
まるで生きてるように、煙がゆらゆらと形を取り始めたんですよ。
晴美でした。既に溶けかかり、骨が砕けた全身をマリオネットのように揺らし、まだある方の眼球で私を見つめてきました。
何かを言いたげに口を動かしていますが、舌が無いのか声帯が潰されているのか、声にならない声で呻いていました。
それからどのくらいの時間が経ったでしょうかね。いつの間にか晴美は消えていたんですよ。
恥ずかしい話、私は失禁と脱○をしていました。はぁはぁはぁ、汚くてすみませんねぇ。
※
次の日の夜も晴美はやって来ました。
もう私はね、晴美に呪い殺されてもしょうがないんじゃないかと思い始めてましてね。
晴美が再び現れるのを心待ちにしてた部分もあったんです。
やはり、晴美は何か言いたげに口を動かしています。
私は駆け寄り、
「何が言いたい? 私はどうすれば良いんだ?
時計、時計、時計ありがとう、あの時何もしてやれなくてすまない、時計は大事に持ってる、時計は、時計は」
半狂乱のまま、私は叫び続けたんです。
すると晴美が折れた首を健気に私の方に近付けて、こう言ったんです。
途切れ途切れながらも、はっきりと聞き取れました。
「わたし、あんたのこどもほしかったな」
今日も夜が来る。