俺の家は田舎で、子供の頃から「絶対に入るな」と言われていた部屋があった。
入るなと言われれば入りたくなるのが人の性というもので、俺は中学生の頃にこっそり入ってみた。
何という事は無い、普通の部屋だった。
変な雰囲気も感じないし、窓からは燦々と日光も入っていて何も怖くない。
何だ…ただ単に部屋を散らかされるのが嫌であんな事を言っていたのか…と思い拍子抜け。
俺は退屈という事もあって、その場で眠ってしまった。
※
金縛りにも遭わず、数時間昼寝して起きた。
寝ている時も起きている時も怪奇現象は一切無し。やはり全然怖くない。
入るなと言われていた部屋だから、怖いのを期待していたのに…。
※
部屋を出る時に何気無く部屋にあったタンスの引き出しを開けたら、和風の人形(雛人形を小さくしたような感じ)が一体だけ入っていた。
人形が入っている引き出しはそれだけで、他の引き出しには普通に着物などが入っていた。
こえぇええと思った。
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後になって(人形の話などはせずに)ばあちゃんに聞いてみたら、何でもあの部屋は親父の妹さん、つまり俺から見ると叔母さんに当たる人の部屋だったらしい。
タンスの中の物も全て叔母さんの物。
と言っても、もう当時から30年以上も前の話。
家を今の状態に建て替えたのは、両親が結婚してすぐの事で、将来子供(俺)が出来た時のために二世帯住宅化した訳だ。
その時に少し庭を潰して増築したのがまずかったらしい。
その増築した所に建っているのが『入ってはいけない部屋』。
つまり叔母さんの部屋だったのだが、どうも家を新しくしてから叔母さんの様子がおかしくなった。
まず最初は、「部屋で寝たくない」と言うようになったらしい。
叔母さんの話によると、新しい部屋で寝るようになってから、どんなに熟睡していても夜中の3時になると決まって目が覚めるようになったらしい。
そして目を開けると消したはずの電気が点いていて、枕元におかっぱの女の子が座っているんだって。
不思議な事に、煌々と点いた灯りの下で、女の子の顔だけが真っ黒になっていて見えない。
でも、何故か叔母さんには解ったらしい。笑っている…と。
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そんな事が一週間くらい続いた。
叔母さんは頭の良いしっかりした人で、最初はみんなに気味の悪い思いをさせたくないと黙っていたんだけど、もう限界になりじいちゃんに言ったらしいんだ。
だけどじいちゃんは、
「嫁にも行かんで家に住まわせてもらっているくせに、この大事な時期(親父とお袋の婚姻の事)にふざけた事を言うな。出て行きたいなら出て行け」
と突っぱねた。
※
それから半月くらい経った頃、ばあちゃんはふと叔母さんの話を思い出した。
近頃は叔母さんも何も言わなくなっていたし、一日中妙に優しい顔でニコニコしていたから、もう新しい家にも慣れて変な夢も見なくなったんだろう…くらいに考え、叔母さんに聞いてみたんだ。
そしたら叔母さんはニコニコしたまま、
「ううん。でももう慣れたよ。
最初は一人だったんだけどね、どんどん増えていってる。
みんなでずっとあたしの事を見下ろしてるんだ」
そう言って「あはははは」と、普段は物静かな人だった叔母さんには到底似つかわしくない笑い声を上げたらしい。
叔母さんのその話が本当だったにせよ、夢や幻覚の類だったにせよ、多分この頃にはもう手遅れだったのだろう。
※
叔母さんの部屋の隣はじいちゃんとばあちゃんの部屋だったのだが、その日の真夜中に、ばあちゃんは隣から「ざっ、ざっ、ざっ、ざっ」という穴を掘るような音がして起こされた。
叔母さんの部屋に行ってみると、部屋の畳が引っぺ返されている。
そして剥き出しになった床下で叔母さんが蹲っていて、素手で一心不乱に穴を掘っているんだよ。
「何やってるの!?」
ばあちゃんも流石に娘が尋常じゃない事を察して怒鳴った。
でも叔母さんはやめない。口許には笑みさえ浮かんでいたという。
暫くして「あった……」と言い、床下から這い出して来た叔母さんの手に握られていたのは、土の中に埋まっていたとは思えないほど綺麗な『小さな日本人形』だった。
叔母さんはばあちゃんにその人形を渡すと、そのまま笑顔で壁際まで歩いて行き、
「ごんっ、ごんっ、ごんっ」
と何度も何度も自分の頭を壁にぶつけ始めた。
「ごんっ、ごんっ、ごんっ」
「何やってるの○○(叔母さんの名前)!」
ばあちゃんは慌てて止めようとしたけど、叔母さんは凄い力で払い除ける。
「何やってるんだろう? 本当だ。あたし、何でこんな事やってるんだろう。
わからないわからないわからない……」
叔母さんの言葉はやがて、意味の無い笑い声の混ざった奇声に変わって行った。
そして、ばあちゃんは聞いてしまったという。
叔母さんの笑い声に混ざって、確かに子供の、しかも何人もの重なった笑い声を。
※
叔母さんはそのまま10分以上頭を壁にぶつけ続け、最期は突然直立し、そのまま後ろ向きに倒れ込んだ。
「おもちゃみたいだった」
とばあちゃんは言っていた。
起きて来たじいちゃんが救急車を呼んだが、駄目だったらしい。
延髄や脳幹、頭蓋骨が既に滅茶苦茶だったとか。
話を聞いたお医者さんは信じられない様子だった。
「自分一人でここまでするのは不可能」
とまで言われたらしい。
殺人の疑いまで持たれたとの事。
※
流石にここまでになったらじいちゃんもこの事態を無視出来ず、娘をみすみす死なせてしまった後悔もあって、お寺さんに来て貰ったらしい。
住職さんは部屋に入った瞬間吐いたらしい。
何でも昔ここに水子や幼くして疫病で死んだ子供を祀る祠があって、その上にこの部屋を作ってしまったものだから、物凄い数の子供の霊が溜まっているらしい。
「絶対この部屋を使っては駄目だ」
と、住職さんに凄い剣幕で念を押された。
ばあちゃんが供養をお願いした例の人形は、
「持って帰りたくない。そんな物に中途半端なお祓いは却って逆効果だ。
棄てるなり焼くなりしてしまいなさい」
と拒否されたらしい。
※
そこからは怪談の定石。
ゴミに出したはずの人形がいつの間にか部屋のタンスに戻っていたり、燃やそうとしても全く火が点かず、飛んだ火の粉で親父が火傷したりと、もう尋常じゃない事になった。
それで困りあぐねて最後は取り敢えず元の場所に埋め戻し、部屋は丸ごと使用禁止にしたという訳。
悲惨な話だから、詳しい経緯は俺に言わないでおいてくれたらしい。
「取り敢えず元の場所に戻したのが良かったのか、人形はそれっきり。また出て来ないと良いけどねえ」
うん。ちゃんと出て来ていたよ、おばあちゃん。