小4の時の話。
多分みんな経験があると思うけれど、小さい頃って廃屋があると聞いただけで冒険心が疼いて仕方ないと思うんだ。
俺自身もあの日は家からそう遠くない場所に、まだ探検していないとんでもない廃屋があると聞いて、狂ったように喜んだのを憶えている。
狂ったようにと書くと大袈裟だと思われるのは分かっているけど、そのタイミングが問題で、夏休み前日だった。
ただでさえテンションが上がりまくっている時にそんな話題を聞いたものだから、普段そんなに親しくない友達まで呼んで、その日の内に廃屋へ突撃する事になったんだ。
まさかあの日の事で27歳になった今でも廃屋に近付く事もできない廃屋恐怖症になるなんて、当時の自分に言っても絶対に信じてもらえないと思うよ。
※
あの日は思ったよりも友人達が集まるのが遅く、全員(8人くらい)が集まったのは空がオレンジ色に染まり始めた頃。
廃屋に案内してくれる友達を先頭に、俺、その他の友達といった具合に、お互いのリュックを引っ張り合いながら、兵隊アリみたくゾロゾロ並んで目的地に向かったんだ。
キャッキャ言いながらそんなに遠くない廃屋へ着いたのは良かったんだけど、思っていたのとはどうも違う。
何と言えば良いのか、俺が求めていた廃屋は「一階からから二階まで天井は腐りきり、幽霊は常備しております!」みたいな、いかにも何か出そうな雰囲気の場所だったんだ。
でも実際は、場所は住宅街にある森の中。家のデザインも四角形。ぱっと見た感じ小綺麗で「ホントに廃屋?」という感じで、正直とても興味をそそられるようなものではなかった。
でも折角ここまで来たんだから、結局探検する事になったんだよね。
※
まずは一階からということで勝手口から侵入。中を見渡すとおかしなものが沢山ある。
ビーカー、シャーレ、顕微鏡、どれも理科室で見たようなものばかりで、とてもじゃないが普通の家とは思えない。
でも何故かそれ以上に興味を惹かれたのは、沢山の棚に収められた本の数々だったんだ。
家は広く、壁一面に本棚があって、そこには本や書類がびっしり詰まっていて、床にも書類が散らばっており先客が居た事を思わせた。
友達が腕組みしながら「今日はなんでとんでもない廃屋なんて言ったと思う?」と聞いてくるので、「分からない」と答えると指を本棚へ向け、その本を開いてみろと言う。
言われた通り本を手に取り開いてみた瞬間、そこにいた全員が「っ!?」と声にならない声を上げた。
本の中身は、皮を剥がれた男の死体の写真。そこに居た全員が息を呑む。本を開けと言った友達さえも。
だが次の瞬間にある考えが浮かんだ。
「この家ってお医者さんの家じゃない?」
そう俺が言うと、みんなまだ完全には立ち直れていないものの、なるほどねと納得したようで、友達が写真を眺めている間、俺は他の部屋を探索することにした。
※
キッチン、リビング、風呂、トイレ、見て回って判ったことが一つ。この家に住んでいた人はとても知的で素敵な人だろうと言う事。
この状況で何故そんな事が言えるのかと言えば家のセンス、その一言に尽きると思う。
外見は普通だったが内装や家具が違う。子供の自分に何が解ると思われるかもしれないけれど、その短い人生しか歩んできていない子供でさえ理解できるほど全てが美しかった。
そうなるとさっきの写真も意味が違う。部屋いっぱいの本、ファイル、実験器具。きっと必死に医学を学び人を救う事に尽力していた、そう思わせる物だったと思う。
友達は何の根拠も無く「頭のおかしい医者が住んでいたんだ!」などと周りの友達に演説していたが、そんなことはこの家全体を見てから言って欲しい、素直にそう思っていた。
後から考えれば、「家全体を見てから言って欲しい」という思いは、この時友達ではなく自分に向けるべきだったと思う。
※
友達も写真やファイルを見ることに飽きてきたらしく、そろそろ暗くなるし早めに探索を終わらせて明日また来ようという事になった。
だが、みんなと探索をしているとおかしな事に気付いた。一人の探索では家具や内装などのデザインばかりに気を取られ意識していなかったが、普通は有り得ない違和感。
二階への階段が無い。
小さな脳みそを働かせ出た結論は、きっと外から昇るタイプだということだったが……無い、外にも内にも。
家の中を探すと二階への通路自体は見つかったんだけれど、それが余計に不安と好奇心を煽ってしまう結果になる。
二階への階段は取り外され、階段が本来通るはずの場所は鉄板で塞がれていた。
それが判った瞬間、門限という言葉は俺達の頭から消えていたと思う。
『とにかく二階が見たい!』そう思い始めたら妄想が止まらなくなってしまって、
「絶対やばいって、本物の死体とかあるかも!」
「やっぱ頭のおかしい医者がやばい研究してたんだって!」
みんな口々に自分の妄想を吐き出し始め、最終的には自分達で作っていた縄梯子で二階に昇ろうという事になった。
※
外側から昇るため、まずは家の周りを偵察し、登り易そうなパイプを見つけた。
一番は木登りが得意な俺が雨樋のパイプを伝い、上へ。
思っていたよりずっと簡単に登れたんだけれど、気になることがあった。二階の窓から中が一切見えなかったんだ。
窓をよく見ると、新聞や雑誌の切り抜きがマジックで黒塗りにして何重にも貼り付けてあり、一筋の光さえ通したくない。
そんな意思を感じさせる気がして、みんなが昇って来られるよう梯子を架けてあげたが、全員が登り切るまでの間、どうしてもその事が気に掛かっていた。
屋根に登り切り、いよいよ二階の部屋に乗り込むことになったが、窓の事を話すとみんな不安になったらしく、多数決を取ることになった。
「中に入ってみたい奴」「このまま帰りたい奴」
結果、好奇心が勝る。
俺が先頭に立ち窓に手をかけると、あっさり開いた。正直言うと嬉しさ半分、後悔半分、もう往くしかない。
※
覚悟を決めて窓を開けると、満面の笑みで微笑む水着のポスターの女がいた。
「心臓が止まった…」
溜息を吐く俺を見て爆笑する友達、大笑いするみんなに腹は立ったが、それ以上に気持ちが軽くなっていて怒る気はしない。
……ただ気になったことが一つ。何でポスターの口にルージュが引いてあるんだ?
疑問はあったが、そのまま窓を跨ぎ二階へ足を踏み入れた、廊下は暗く湿っている。
当たり前だ。入って改めて見渡すと、日の光が射せそうな場所が一切無い。
隙間は全て黒塗りの新聞や雑誌で覆われていて、どんな晴天でもこの部屋に光を入れることはできない。
さっきまではこの家に住んでいた人間は、知的でセンスのある人間だと思っていた。
だが今となっては、友達の言葉が頭の中でこだまのように響く。
「頭のおかしい医者が住んでいたんだ!」
「絶対やばいって、本物の死体とかあるかも!」
帰りたい、今すぐに。それなのに好奇心が俺達の足を進め進めと突っついてくる。
ゆっくりゆっくり前へ進み、一歩足を進める度に、この部屋の住人の異常性が伝わってきた。
廊下の奥に進むほど壁の黒塗り度合いは減っていき、反比例するように異常性が上がってゆく。
入り口付近の壁には黒塗りの壁に水着の女や海外のポルノグラビア、これならまだ良い。
だが奥の壁にはグラビアから顔だけ抉り、代わりに一階にあった死体の写真から切り取ったであろう顔を貼り付けてある。
ポジティブな考えは全て消え失せた。
こんな事をしたのがこの家の主だろうが廃屋に移り住んだホームレスだろうがどうでも良い。
みんなこの光景に言葉を失ってはいるが、目を見れば解る。満場一致で「今すぐ出よう」だ。
※
踵を返し元の窓に戻ろうとした時、友達が言った。
「……人がいる」
その場で全員が、友達が指差す方を見る。
廊下から部屋に続くすりガラスの向こう側に懐中電灯を全員が一斉に当てた。
女が居る、下着姿の。それも一人ではなく、大勢。
全員声も出さず、呼吸もぜず、ただ固まったままライトを当てている。
どれだけ時間が経っただろう。誰かが言った。
「……マネキン?」
「……かな…多分」
ゆっくりすりガラスを開けると「彼女たち」は確かに居た。
「……マネキンかよぉ……勘弁してくれよ!」
部屋の中を見渡すと、マネキンが林のように並んでいる。広い部屋に20体ほど。
「気色わりぃ…」
みんな口々に同じような事を言っている。でも気色悪いのはマネキンの存在でもその多過ぎる数でもなく、マネキンのその姿だ。
下着は下着でも機能的なものじゃない。小学生の俺達も知っている。公園で拾う本の後ろ側に載っている、男を誘うためにあるような…そんな下着。
この家に住んでいた者の中身を垣間見た気がしてゾッとしていると、「住んでた奴は絶対お前みたいな変態だな!」そう言って俺の顔を友達が指差す。
みんながその言葉で大笑いし、少しだけ緊張が解れた。
※
「もう少しだけ見たら帰ろう」
一人がそう言うと皆が頷いた。
部屋に入るとマネキン以外にもいくつかの物があった。壊れたテレビ、玩具、オーディオ、よく分からないガラクタ、そして本の山。
俺は本の山から一冊を取り出し開いてみると、「…やっぱりこれもかぁ」と思わず声が出た。理由はここまで読んでくれた人なら解ると思う。
「これも顔や体がすりかえられてる……」
そう言いながら友達の方へ顔を向けると、友達が何かを弄っている。よく見ると車のバッテリーだった。
「感電するからやめとけって!」
俺がそう注意すると一瞬動揺しつつ、
「大丈夫!」
と何の根拠も無さそうな返事で活動再開。
溜息混じりに何となく他の本を手に取った時、俺の心臓は凍り付いた。
「ブツン!」
ブラウン管のテレビが点く時に鳴るあの独特の音。その目の前で、「点いた!俺って天才!」と無邪気に喜ぶ友達。
周りの友達の顔が凍り付き、当たり前の疑問を投げかける。
「何でテレビが点くんだよ…」
でも俺の心臓が凍り付いた理由はテレビじゃない。俺は渇き切った口を開いた。
「この雑誌、今月号だ……」
俺の言葉でテレビの前ではしゃいでいた友達も状況が解ったらしく顔が凍り付いた。
「ギシッ……」
微かに音がする。
壊れかけ、灰色の映像で映し出される歪んだ顔のニュースキャスター。ノイズ交じりの声が響き渡り、懐中電灯とテレビの光で照らされた部屋の奥。
マネキンの林の中に、確かにそれは居た。
人以外にはできない最高の喜びの表現、笑顔。
それが人だと判り、その場に居た全員の喉の奥から悲鳴が上がった時には、そいつはマネキンを掻き分け向かって来た。
他の者には目もくれず、一直線に、俺の方へ。
その場に居た全員が声を張り上げ我先に逃げて行く。俺はと言うと、真正面から対峙していた。
俺の前に居るのは人間だ。間違いなく、人間の男だ。頭で必死に理解しようとする。
幽霊じゃ駄目だけど、人間なら話し合えるかもしれない。
………解ってる、解っているんだ、逃げるべきだという事は。
早く逃げろよと今ならそう思えるけれど、あの時は恐怖でどうかしてたんだ…。
「………こんにちは」と俺。
「可愛いねぇぇぇぇ」
……褒めてくれた?
「君は好き? こういうやつ好き?」
男が手に持った分厚い本を開いて見せてくる。
下の階にあった人体標本が載った本だった…。
死体の写真の顔が外人の女に差し替えられていた。
「こういうのはあまり好きじゃない…」
「好き? ねえ好き? どういうのが好き? いrw里いvmrvbmんr9ぢc炉vmvおvりc、ぐぃうghbのtgんろgbんをんbを意を得rggrkwvm」
駄目だ、人の言葉さえ喋ってくれなくなった。俺もう終わりかも……。
「おいっ!」
横を見ると友達二人が泣きながら俺を呼んでいて、次の瞬間には跳ねるように友達の方へ走ってる自分がいたんだ。
足がもげるんじゃないかと思うくらい全力で廊下を駆け抜けたよ。
一切後ろを振り返らず窓から転げるように飛び出ると、他の友達がビール瓶やトンカチ、自分達が持ち寄った武器を手に取って待っていてくれた。
全員揃ったところで屋根から飛び降り始めると、その時後ろから
「好き?」
その言葉を聞いた瞬間、全身に鳥肌が立って思わず振り向いたんだ。
窓から覗く男の顔には人体標本のページを切り抜いて作ったであろうお面が張り付いていた。
後はもう屋根から下も見ず飛び降りたよ。
※
友達の家へ駆け込んで今日の出来事を話したら、友達の母親が警察に連絡してくれた。
だだ、警察が覗きに行った時には誰も居なかったらしく、家である程度話を聞いてもらい、後日警察でも同じような感じで話をしたんだ。
でもその後が問題で、中に居た男が見付かる事は無く、3ヶ月くらい経った頃に友達からあの家が取り壊されて空き地になっていると聞いた。
一度勇気を出して行ってみたんだけれど、本当に何も無くなっていた。
今でも「廃屋」という言葉を聞くだけで震えが来る。これで話はおしまい。
※
後書
長々と失礼しました。
最初に自分にトラウマがあることを説明したと思うのですが、この体験談を書いている最中、小学生の時の友人達に連絡を取ったんです。
そしてあの人が誰だったのか友人に聞く事ができました。
同じ学校に通っていた同級生の叔父さんだったらしいです。
友人も全ては話してもらえなかったらしく、曖昧なところも多かったですが、ここに書いたことで自分の中のトラウマが少し消えた気がします。
読んでくれた皆さん、本当にありがとうございました。
※
補足 – 1 –
あの廃屋にあった物は、元々は家の近所の病院に勤める先生の物だったそうです。
先生が体を壊され親族の家に移った後、誰も住まなくなった家をあのおじさんが好き放題にやっていたらしいです。
元々その事で過去に逮捕歴があったらしく、捕まったは良いが不法侵入では長い刑は言い渡されなかったらしい。
その後家に戻って来たらしく、「俺をはめたのは誰だ!」と近所の人に食って掛かってきたらしいです。
でも時間が経つにつれて言動や行動が幼児化してしまい、危害を加えることも無いので見て見ぬ振りをされていたらしいです。
※
補足 – 2 –
家の持ち主とそのおじさんは一切関係ありません。
誰も居なくなり廃墟になったあの家におじさんが勝手に住み着いて、それが原因で過去に逮捕されたようです。
階段の件ですが、おじさんが勝手に改造していたらしいです。
あのおじさんは太陽が嫌いらしく、明るい内は出て来ないそうです。
ちなみにおじさんの本当の家(俺の同級生の家)はすぐ近所にあるらしく、何度か厄介払いのために遠くへ連れて行かれたらしいんです。
でもどんなに精神的におかしくなっても、何故か遠くから逃げて戻って来るそうです。