20年程前に俺が体験した、今だに信じられない話を書こうと思います。
と言うのも、俺の周りには超常現象的なものに詳しい人物が全くいないので、今から書く実際に体験した出来事を一体どう解釈したら良いか分からないからです。
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大学生の頃、俺は本当にどうでも良い日々を送っていた。
夢も目標も無く、部活やゼミやサークルにも所属せず、ただひたすら漫然と過ごす怠惰な生活。
やることと言えば、そんな俺と同じような目的の無い仲間、KとSとドライブすることだった。
しかしそれにも次第に飽きて、どうせドライブするなら廃道を探索しようと誰ともなく言い出した。
廃道とは、使われなくなった道路や閉鎖された道路のことを指すらしいが、俺達はあくまで車で行ける範囲の場所にしか行きたくなかった。
なので大きな道路ができたために使われなくなった道路や、どこに繋がっているのか分からないような細い脇道を、Kの所有するジムニーでドライブするだけのものだった。
飽きっぽくてやる気もない俺達だが、これはとても楽しくて飽きなかった。
廃道が見せる非日常的な空間が俺達の気質に合ったのかもしれない。
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ある日、Kが「いい場所を見つけたんだよ、今から行ってみないか?」と言ってきた。新しい廃道探索のスポットを見つけたということだ。
午後14時過ぎだったが、何の予定も無い俺とSは当然今から行こうということになり、Kの車で現場へと向かった。
その場所は、大学から車で30分くらいの、山道をちょっと入った所にあった。
車がよく通る太い道から斜めに細い道が延びている。
その細い道に入ると、地面から雑草が生えていたり、小石や枝は落ちているわで、明らかに誰も利用してない。
こんな道があったのかと思いながら進んで行くと、100メートルくらいであっさりと行き止まりになってしまった。
「え、これだけ…なの?」
俺とSは思わず不満を漏らしてしまったが、Kはドヤ顔で横を指差した。
「あれを見てみろよ」
見ると、道路の横はずっと土砂崩れ防止のコンクリートの土留めが続いてるものだとばかり思っていたのだが、途中でそれが終わり、一部分だけ金網が張られていた。
よく見ると、その金網の奥に更に道が続いているようだ。
「ここ入れるぜ」
確かに金網は張られているものの、それ自体はただの針金で固定されてるだけであり、切ってしまえば簡単に中に入れるようなものだった。
そして、Kが予め用意したニッパーでその針金を切断し、俺達はジムニーで封鎖された道の奥へと入って行った。
正直、悪いことをしているという感覚は全くなかった。
金網は戻って来てから針金で繋ぎ直せば良いし、それに何よりこんな封鎖された道を車でそう長く行けるはずはないと思ったからだ。
さっきの道でさえ、草が生え小石が散乱していたのだ。
この道も少し進んだだけで倒木が道を塞いだりしていて進めなくなるだろう。そう思っていた。
ところが、意外にも予想していたような荒れ果てた光景は現れず、寧ろさっきの道よりも小綺麗なほどだった。
俺達はそのまま車で細い山道を5分ほど慎重に走り続けた。
※
しばらくすると、目の前にトンネルが現れた。
トンネルと言うよりは、下をくぐれるようにアーチ状にくり抜かれたレンガ造りの水道橋と言った方が良いかもしれない。奥行きも4~5メートルくらいしかない。
幅もジムニーが通るには問題ない広さで、俺たちはそのまま車でそこをくぐった。
通り抜けると道が少し荒れ始め、アスファルトの上に石が散乱し始めた。
不意にSが声を上げた。
「おい、ちょっと止めろ、あれ見ろ!」
Sが指を指していたのは車の後方、さっきくぐり抜けたトンネルの方向だった。見るとトンネルの出口をまたぐように鳥居が建っていたのだ。
神社にあるあの鳥居が、トンネルの出入り口に密着するように建てられている。
向こう側からは全く見えず、トンネルをくぐると自動的に鳥居も通るようにできているとしか思えない。
何となく気味が悪くなった俺達は、戻るかどうか躊躇ったが、取り敢えず行けるところまで行こうということになった。
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そこから更に500メートルくらい進んだ辺りだろうか。アスファルトが敷かれていた道が境界線を引いたように途切れ、そこからは舗装されていない土の道がずっと続いていた。
気味が悪いことに、そのアスファルトと土の道の境界線の両端にちょうど祠みたいなものが2つ設置されていて、それを堺に手前がアスファルト、奥が土の道になっていた。
この頃になると、この先に何かあるんじゃないかという期待感と不安とワクワクが入り混じった気持ちになり、引き返そうという気持ちは無くなっていた。
幸いにも、土の道になってからも道幅は変わらず、木が倒れていて通れないということもなかった。
ただ、今思えば車輪の轍が全く無かったことや、封鎖されていた道にしては綺麗過ぎることを、その時に気付いておくべきだったかもしれない。
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しばらく進むと、今までの山道が嘘だったかのように開けた場所に出た。
俺達の車が進む道以外、左右一面平野しか見えない。田んぼのようにも見えるが、使われている形跡も見当たらない。
いつの間にか空も雲ひとつなく青く澄み渡っているので、思わずその景色の素晴らしさに感動してしまったほどだった。
しかし、ふと我に返って思った。
一体ここはどこなのだろうか?
封鎖された道の奥にあったのだから、廃村か何かか?
俺達が普段生活している所からそんなに離れた場所にある訳じゃない所に、こんなに広々として綺麗な土地があったのかという事が、不思議なような驚きのような感じだった。
一体この一本道はどこまで続くのだろうか…。
そう思いかけた頃、道の前方に黒い建物が薄く小さく見えた。
近付くにつれ、それはどんどん大きく見えてきて、形をはっきりと現し始めた。
どうやら茅葺きの建物のようだ。
…が、それがただの茅葺きの建物ではないことはすぐに分かった。
異常に大きいのだ。こんな大きさの茅葺きの建物は見たことがない。
学校の体育館くらいの大きさ、いや、それ以上の大きさだろうか。
なぜ封鎖された道の奥にこんなに立派な建物が建っているのだろうか。
しかもその建物の前まで到着して気付いたことだが、今まで来た道はこの建物へ通じる一本道であり、途中に分岐など一切無いこと。
この建物がこの道の終着点になっていたこと。
廃村だと思っていたが、それらしき集落も無く、この建物が一つだけあって、今来たこの道はこの建物へ通じるためだけの道だとしか思えないのだ。
※
俺達は車を停めて外に降りてみた。
何というか、こんなに清々しい気分になるものなのかと思った。
空気は澄み、空は雲ひとつなく青々とし、鳥や風の音も聞こえない。
春先のようなちょうど良い気温で、ずっとここにいたいと錯覚しそうになったが、目の前の馬鹿でかい茅葺きの建物がそれを打ち消した。
この建物は一体何なのだろうか?
茅葺きの建物は、手入れをしないと痛んでしまうと聞いたことがあるが、これはそうは見えない。
古く、全体的に黒ずんだ木造ではあるが、朽ち果てた感じは全く無い。
誰かが今でも利用しているのだろうか?
「中、見てみるか」
俺が提案するとKはそうしようと乗ってきたが、Sは乗り気ではないらしく、「取り敢えず建物をグルっと回って来るわ」と言って歩き出してしまった。
建物の戸は重かったが鍵は掛かっておらず、開けることができた。
中を覗いてみると、カビ臭く古臭い独特の臭いがする。
「すいませーん!誰かいますか?」
…何の返事も無い。当然と言えば当然だ。
やっぱり誰も居ないんだと少し安心した俺とKは中へ入ってみた。
薄暗いものの、隙間からの光と入り口を開けた光で中の様子が伺える。
板張りのだだっ広い空間が広がっていた。
棚らしきものが壁際に見えるが、何も入っていない。
その左側の壁には引き戸があり、その向こうに更に部屋があるようだが、それ以外は何も無くて床と壁しかない。
上は暗くてよく見えないが、天井裏まで全部吹き抜けているようだ。
少し勇気が必要だったが、その引き戸を開けて見ることにした。
ここまで来たら調べないと気が済まなくなっていた。
「すいませーん、誰もいませんね!?」
ともう一度確認してから恐る恐る引き戸を開けると、中が意外にも明るくてギョッとした。
採光窓のようなものが上部に無数設けてあるらしく、入口側のこちらの空間よりも明るい。
しかし、その部屋が明るいだけでなく異常なものであることにすぐに気が付いた。
まず、とにかく広い。
まさに体育館くらいの広さがあった。そしてその広い空間の中に、異常に太い5本の柱が均等に地面から天井まで伸びていた。
この太さが本当に尋常ではなく、直径3メートルくらいある一本の木の柱で、長さが10メートル以上あるのだ。それが5本。
「おいおい…こんなでけー木って日本に存在すんの?」
Kの言葉も最もだった。こんな太い柱は見たことがない。何の意味があってこんな柱を立てたのか…と周囲を見渡している時、Kが「あっ」と声を上げた。
見ると真ん中の柱に御札のようなものが釘で打ち付けてあり、それも大量に柱に打ち付けてあった。
御札に書いてある字は毛筆で、漢字のような記号のようにも見えたが、何と読むのかは解らない。
するとKが「何かくっついてるぞ」と言ってきた。
よく見ると、確かに御札と釘の間に何か干からびたカタマリのようなものも一緒に打ち付けてあった。
何が一緒に打ち付けてあるのかな…と、俺とKはほぼ同時に上を向き、そして同時にその答えを目の当たりにした。
打ち付けてあったのは、人間の耳だった。
おびただしい数の人間の耳が、御札と共に柱に打ち付けてあったのだ。
下の方のものは腐り落ちたり干からびたりして分からなかったが、何故か上の方に打ち付けてあるものほど新しく、人間の耳だと認識できた。
恐らく数は1000以上あったと思う。しかも恐ろしいことに、そんなに時間が経っていないように見える耳も上の方にあるのだ。
「やべえ!!」
「うわああああああああああ!」
※
俺とKは猛ダッシュでその部屋から出て、入って来た入り口からも出て、建物の外に出た。
ここがどういう場所なのかは判らない。しかしヤバイことは確かだ。
すぐに車で逃げ出したいところだったが、そうだ、Sがいない!
確か建物の外を周ると言っていた。裏側にいるのかもしれない。
俺とKは全力で走り、建物の裏側へ回った。
大きな建物なので、回り込むだけでもそこそこ時間が掛かった。
裏側へ回ると、そこにSはいた。いたのだが、様子がおかしい。
ボーっとその場に立ったままだ。そして、次の瞬間、俺達もその場に立ち尽くしてしまった。
建物の裏側は、ただひたすら平らな平野が広がっているだけだった。
そしてその平野に木で組まれた簡素な台が一列に、等間隔にずっと並べられ、その台の上に蝋燭が2、3個、煌々と火を点けて輝いている。
それが本当に誇張ではなく、地平線の向こうに霞むまで続いているのだ。
「何なんだここ!」
「やべえよおい!!」
俺とKの声で我に返ったのか、Sがこっちに気付いて寄って来た。
そして俺とKが全く気付かなかったことを指摘してきたのだ。
「なあ、ここ、太陽ってどこに出てるんだ?」
太陽…そういえば空は青く澄み渡っていて雲ひとつない…のに、太陽がどこにも見当たらない。空は明るいのに、空全体が一様に同じ明るさなのだ。
「なあ、俺は最初から変だと思ってたんだ…静かすぎるだろ? ここに着いてから一度でも鳥とか生き物の声を聞いたか? もっと言えば!ここへ来る途中の道にも草一本も生えてなかっただろ!」
Sはもう半泣きになっている。
とにかくここに居てはまずいと、俺とKはSを宥めながら車へと急いだ。
途中、建物の入口がチラッと目に入り、戸が閉まっているようにも見えた。
さっきオレとKは戸を開け放ったまま出てきたはずなのだが…、しかしその辺ははっきりとは覚えていない。
とにかくここを去らなければ。
Kの運転で元来た道を戻り、俺達はなんとか最初の廃道の入り口まで辿り着くことができた。
国道に出ると、太陽が西に沈みかけていた。戻って来られたんだと実感できた。
※
その後、俺にもKにもSにも霊障とか呪い的な現象は一切起きていない。
しかしあの日体験したことは紛れもなく事実であり、3人とも覚えている。
そして後日、例の廃道の入り口の横を通り掛かった時、以前は入れた細い道自体が頑丈な門で封鎖されていて、完全に通れないようになっていた。
もちろん、通れたとしてももう二度とあの道に入る気はない。