母から聞いた本当にあった話。肉親の話だから嘘ではないと思う。
母の昔の記憶だから、多少曖昧なところはあるかもしれないけど。
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母がまだ子供の頃、遊んで家に帰って来たら居間の雰囲気がいつもと違う。
その時は家に誰も居らず、母一人。
何に違和感を感じているのかよくよく考えたら、飾ってあった人形の位置が変わっていたんだと。
普段はサイドボード(食器棚みたいな物)の中に入れて飾っているはずが、何故か床にうつ伏せの状態で落ちていたらしい。
母の母(俺のばあちゃん)は几帳面な人だったから、人形を放り出してどこかに出掛けるなんて有り得ない。
母はそう考え、最初は泥棒が入ったんじゃないかと疑ったのだそうだ。
だけど部屋の中の他の物は全く動かした形跡も無いし…、何か気持ち悪いなと思いながら母は元の場所に人形を戻しておいた。
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そうしている内にばあちゃんが家に帰って来たので、母は聞いてみたらしい。
「人形が床に落ちてたけど、動かした?」
そしたらばあちゃんは血相を変え、
「本当か!?」
と慌て出したらしい。
慌て方が尋常じゃないので母も怖くなり、ばあちゃんに何が起きてどうなったのか聞いたらしいのだが、
「教えられない」
の一点張り。
取り敢えず母の父(俺のじいちゃん)が仕事から帰るのを待っていたんだと。
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じいちゃんが仕事から帰って来たので、ばあちゃんは早速その事を報告した。
するとじいちゃんはいきなりばあちゃんを張り倒し、
「だから捨てろと言ったんだ!」
ともうブチ切れ。
その日の内に車で一時間以上の距離にある寺まで行くと言い、じいちゃんとばあちゃんは出て行ったんだと。
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母は一人残されて心細く思いながらも眠りに就いた。
そしたら夢の中にその人形が出てきて、居間の中を飛び回っている夢を見たらしい。
「普段見慣れてる人形の姿じゃなく、もっと人間のような質感になっていた」
と母は言っていたが、昔の話だし夢の中の事だから俺にはよく解らん。
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朝になって母が起きて来ると、じいちゃんとばあちゃんが疲れ切った顔をして朝飯を食っていた。
昨日は一体何があってどうしたんだと母が聞いても、
「あなたは心配しなくても大丈夫」
と取り合ってくれなかったそうで、母はモヤモヤしながら学校へ行った。
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学校から帰って来ると、ばあちゃんがその人形を丁寧に拭いている。
特に足の裏を念入りに拭いていて、何をしてるのか聞いてみたが、ばあちゃんは教えてくれない。
ちらっと見えた人形の足の裏は、泥が付いたように真っ黒くなっていた。
母にはばあちゃんがそれを拭いているように見えたらしく、さすがに気持ち悪くなりばあちゃんを問い詰めた。
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そして、ばあちゃんが白状した内容が、
・人形は昔からばあちゃんが大事にしていた(ばあちゃんが子供の頃から)。
・大事にし過ぎて、じいちゃんと結婚する時も捨てるに捨てられず持って来た。
・以前も人形の位置が変わったり汚れたりした事があり、寺に相談に行った。
・寺の住職の話によると、ばあちゃんが人形を大事にするあまり人形自体に念のようなものが移り、霊的なものも入り込む受け皿になったとの事。
・その時は住職にお経を唱えてもらって静まった。住職からは「このまま家に置いておくとまた良くないものが入るから、寺に預けた方が良い」と言われたが、大事なものなので断った。
・昨日もその寺に人形を持って向かったはずが、寺に着いてみると人形がどこにも見当たらず、仕方なく帰って来たら玄関先に人形が落ちていて、足の裏が真っ黒だった。
・箱に入れて持って行ったので、出る時に玄関先に落とすという事は有り得ない。
その話をしている間中、ばあちゃんは人形の足の裏を拭き続けていた。
母は子供心に、
『ばあちゃんはよっぽどその人形を大事にしてるんだな』という事と、
『その人形にはまだ何かの霊が取り憑いているんだ』という事を思い、どうしようどうしようと考えてたらしい。
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じいちゃんが仕事から帰って来て、母はじいちゃんに相談した。
じいちゃんも、前回人形がおかしくなった時に酷い目に遭ったらしく、今回はどうしても人形を処分したかったらしい。
しかしばあちゃんに言うと渋られるだろうからという事で、ばあちゃんが寝てからこっそり人形を寺に持って行く事にした。
母も人形に対する怖さが先に立ってしまい、それに賛成したらしい。
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その夜、じいちゃんは人形を持って出掛けたが、そのまま帰って来なかったらしい。
人形はと言うと、次の日の朝になって玄関先に落ちているのをばあちゃんが発見した。
ばあちゃんはそれ切り、人形を誰にも見せなくなったらしい。
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ばあちゃんはそれ以来、どこかおかしくなってしまったようで(じいちゃんが居なくなったのもあったみたいだが)、結局母は叔父の家で暮らす事が多くなったんだと。
そんな暮らしをしている間に母も大きくなって結婚し、俺が生まれる少し前にばあちゃんは病気で入院した。
母がばあちゃんの部屋を整理していると、押入れから箱に大事に入れられたあの人形が出てきたらしい。
それを見て母は愕然としたそうだ。
人形の顔一面に何かを浴びたような黒い染みがあり、人形の至るところにお札が貼ってあったり経文が書かれていたりと、それは凄い状態だったらしい。
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母は慌てて寺に行き、住職(その頃は前住職も亡くなっており、次の代の方だったらしい)に家まで来てもらい、お経をあげてから寺に引き取ってもらったんだと。
お経をあげ終わった住職に母が「ありがとうございます」と言い、住職をさて送ろうかという時に病院から連絡が入り、「ばあちゃんが大変だ」と。
母が急いで病院に駆け付けると、ばあちゃんはもう虫の息だったらしく、暫くしてそのまま亡くなったそうだ。
ばあちゃんのお骨は、母の希望で寺でしっかり祓ってもらった後の人形と一緒に埋められたらしい。
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人形とばあちゃんの因果関係や、じいちゃんが結局どうなったのかなどは判らないのだが、ついさっき母に聞いた話だ。
母の解釈は、じいちゃんは寺に人形を預けに行く途中に何かあって、多分もう生きていないだろう(捜索願も出したが、胡散臭い目撃情報しかなかったらしい)。
人形に付いていた染みは返り血じゃないか。ばあちゃんはそれを理解しておかしくなったんじゃないか。
というところで話が落ち着いた。
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じいちゃんもばあちゃんも「病気で死んだ」としか聞かされていなかったからショックだ…。
しかも俺、来週ばあちゃんの墓参り行くんだよ…。