私の兄は、神奈川県の某老人病院で看護士をしている。
その病院では、夜中に誰も乗っていないエレベーターが突然動き出したりなど、如何にも病院らしい話がよくあるとの事。
その兄が今までで一番怖かった、と言う話。
※
兄はその日夜勤で、たまたま一人でナースステイションで書類を書いていた。
その時、ふと視界の隅の廊下で、人影がふらふらしているのが目に入った。
兄は、入院している患者が夜中に御手洗いにでも行くのだろう程度に思っていたらしい。
だが何時まで経っても、視界の隅でその人影は廊下をふらふらとしている。
ちらりと目をやると、どうやら髪の長い、浴衣を着た若い女性のようだ。
きっと昼間に寝てしまい眠れなくなってしまったのだろうと、書類にまた目を戻したその瞬間、
『そんな訳ないっ!!』
と、咄嗟に頭の中で兄は考えた。
この病院は老人専門の病院だ。若い女性が入院してる訳がない。
同じ夜勤の看護婦ならナース服を着ているから一目で分かる。
危篤の患者の家族だとしたら、自分の所にも連絡が来ているはずだ。
第一、今夜は危篤の患者など居やしない。
では一体!?
と顔を上げると、目の前の鼻先がくっ付かんばかりのところに女の顔があった。
長い髪、血の気のない無表情な顔、何も映っていない瞳。
その瞳と目が合った瞬間、兄は踵を返し、後ろを振り返る事なく一目散に他の階のナースステーションに駆け込んだ。
怯え慌てふためいている兄の様子を見て、その階の看護婦はまだ何も言ってないのに一言。
「そのうち慣れるわよ」
その時兄は、女性の方が余程肝が座っていると思ったそうだ。
ちなみに病院とあの若い女性の因果関係は、結局判らずじまいだそうだ。