寺の住職から聞いた話。
近隣の村ですが、その村には立派な空家が一つあり、改装の必要なく住めるほど状態が良いものでした。
近頃は都会の人が田舎暮らしを希望するIターンがはやりで、その村も受け入れに力を入れていました。
当然、その家も入居者が入るのですが、三ヶ月と続かず出て行きます。
理由を聞いても答える人は居ません。
とうとう借り手も付かない状態になり、土建屋の寮に貸し出すことになりました。
ところが、入居した土方たちが「出る」と言うのです。
それは白髪まじりの70歳くらいの老婆で、ある人は枕元にカマを持って立っているのを見たり、ある人は白昼、車の荷台で正座しているのを見たり。
最初はみんな自分だけだと思って言いませんでしたが、ある晩4人で寝ていたところ、カマを持って襲い掛かって来たと言うのです。
全員が「見た」ということで、慌てて寮を飛び出したとか。
土建屋の社長・村の担当者は地元の寺の住職に相談しました。
住職は記録を調べ、その家の最後の住人を突き止めました。
享年73歳のお婆さんです。昭和初期に亡くなっているので知る人はいません。
ただ、亡くなった時に遠縁の人が位牌を持ち去ったということは分かりました。
役場で調べましたが、その遠縁の人がどこに居るかは分かりません。
「土葬だから遺骨は無理だが、位牌が他所に行ったのに残ってるのは、何か未練があるのだろう」
住職は社長・担当者と共にその家へ向かいました。
※
家を一部屋づつ調べ、最後に一番奥まった部屋の押入れに、仏壇が納まっているのを見つけました。
「ギシィ…」
その時、誰かが玄関に上がってきたような音がしたのです。
「振り向くな」
住職は言いながら、仏壇を調べ始めます。
「ギュゥゥシィ…ギュゥゥシィ…」
やがて足音は板の間を通り、部屋に近付いて来ます。
そして、背後の襖が閉まって行く音が聞こえました。
「スー…」
「振り向くな、振り向くな」
住職はそう言って仏壇を調べます。
他の二人は目を閉じました。
畳を踏み、足音が近づいてきます。
「ミシ…ィミシ…ィ」
すぐ後ろまで足音が近付いた時、仏壇の奥に何かが落ち込んでいるのを見つけました。
住職が何とかそれを引っ張り出すと、それは位牌でした。
「フゥフゥフゥフゥ…フゥフッゥフゥ…」
足音が止み、背後から声を押し殺すような息遣いが漏れてきます。
位牌には、男性の名前と、享年、生没年が刻まれていました。
「若いのに、日露戦争で死んだようだな。位牌は寺で預かろう」
そう住職が言うと、足音はゆっくりと部屋を出て行きました。
※
住職は推測しました。
どうやら位牌はお婆さんの息子のものだったようです。
お婆さんが亡くなった時、自分の位牌は親戚が持って行ってくれたのに、息子の位牌が何らかの理由(落ちて分からなかったのでしょう)で持って行かれなかった。
そのことを不憫に思った婆さんが、死後も息子の位牌を守っていたのだろう。
住職は、親戚が見つかるまで寺で位牌を預かって供養することにしたそうです。
村でも、位牌の引き取り手が見つかるまで、家は誰にも貸さないことにしたそうです。