俺は過去に二度、女の子を中絶させたことがある。一度目は完全に避妊ミス。17歳の若かりしころ。
二度目は、23歳の時。
2年程付き合った彼女なんだけど、俺は結婚を意識してた。子供できてもいいやとか思って、結婚の約束をした訳でもないのに、思い切り中に出してた。
拒否しないから、彼女もオッケーなんだと思ってた。
案の定、彼女は妊娠し、俺はそれをキッカケに結婚してくれと言った。もちろんオッケー…だと思っていたら、なんと、親からもちかけられた縁談が断れないからと、逆に別れ話をされてしまった。
なぜ縁談が断れないかというのは、話すと長くなるので割愛する。要は家の事情。政略結婚という訳ではないが、そんな感じ。
じゃあ、赤ん坊はどうすんの?って話だ。俺は子供が本当に楽しみだった。俺1人で育てるから産んでくれと説得したが、最後には向こうの両親まで出て来て、
「今から結婚するのに、他の男の子供がいてどうする」
と言われ、さんざんの抵抗もむなしく、赤ん坊はおろされてしまった。
17歳の時には、ぶっちゃけ「あー、めんどくせ」とか思っていた俺だが、その時は涙をこらえられなかった。その時のことを6年もしてから、本当の意味で後悔した。
それから、俺は妙な体調不良に悩まされ始めた。肩が重く、食欲もない。寝ても、思い出せない怖い夢を見て飛び起きる。
病院に行っても原因不明。俺はあんなことの後だから、ストレスなんだろうと思っていた。
じきに忘れ、体調も直ると。しかし、体調は日に日に悪くなり、メンタルクリニック等にも通ったが、とうとう仕事を休職するはめになってしまった。
それからは実家に戻り、家の手伝いをして、しばらく親に食わせてもらっていたが、体調は相変わらずだった。
68kgあった体重が、2ヶ月で52kgまで落ちた。病院にいっても、やっぱり原因不明。メンタルクリニックも、もう行っても無駄だと思った。
それからしばらくして、俺は法事に顔を出した。親戚は俺の変わり様に驚き、心配の声をかけてくれた。
法事も終わり、帰りがけにオフクロの姉の旦那の妹(叔母)の人が、俺に声をかけて来た。
「○○ちゃん(オフクロ)から話聞いたよ。おばちゃんね、霊媒師の人知ってるから、紹介してあげようか?」
何言ってんだこの人、と思ったが、治る可能性があるならと思い直し、後日、連絡を取り、紹介してもらうこととなった。
その霊媒師曰く、
「水子の霊が憑いてます」
ショックだった。確かに2人もおろしてる。俺は子供をおろした話を、この人にはしていない。
俺はすがるような思いで、その人に除霊をお願いした。
すると、
「除霊はしますが、それは水子の霊を供養することに他ならない。あなたの今の体調不良は、いうなれば生霊の影響なのです」
詳しく聞くと、水子の霊は憑いているが、その霊は俺にとって害になる霊ではないという。
その霊に影響する、俺の後悔の念と、別の人の後悔の念が重なり合い、今の状態になっているとのことだった。
そして、俺以外で後悔している人間も、同じように憑かれているはずだと。
水子の供養はそこでやってもらった。結構あっけなかったが、本当に心の底から手を合わせた。ちょっと涙が出た。
半泣きの俺をみて霊媒師が、
「その涙があなたを苦しめる原因なのです」
と言った。
俺以外に後悔している人間、それは17歳の頃か23歳の頃の彼女、どちらかしかいない。でもやっぱり、結婚を断られた彼女の方な気がした。
俺は数ヶ月ぶりに彼女に連絡し、会う約束をとりつけた。
※
数ヶ月ぶりに彼女と会った。彼女は俺を見て驚いていた。俺は彼女に霊媒師の話をし、心当たりはないかと訪ねた。
ところが彼女は分からないと言う。俺は「後悔の念」について問いただした。子供のことを後悔しているんならやめろと(それも変な話だが)。
しかし、彼女は新しい結婚生活も順風満帆で、幸せな毎日を送っているそうだ。子供のことはかわいそうに思っているが、特に強烈に後悔している訳でも無い。
なんだかみじめになり、その日は話を終えるとすぐに別れた。
残るもう1人の彼女かもしれないと思った俺は、早速連絡をしようと思った。だが、なにせ6年も前に別れたっきりで、連絡先を覚えていない。
俺は特に仲が良い訳でもない昔の知り合いに片っ端から電話して、彼女の連絡先を調べた。するとある女の子が、
「あー、○○ちゃんの友達の子でしょ。○○ちゃん聞けばわかるよ」
と言う。やった!見つかった!
「じゃあ、ちょっと聞いてもらいたいんだけど」と言うと、
「え、でもその子って…」と口籠る。
「どうしたの」と聞くと、
「亡くなったんじゃなかったっけ?」
「はぁ!?」
「え…?だって○○くん(俺)が…」
「ちょっと待って!どゆこと!?」
さんざん言い渋った挙句、聞き出したのは信じられない話だった。俺は彼女(17歳の頃)が子供をおろしてから、彼女が退院しない内に別れた。
元々大して好きではなかったのと、やはり妊娠騒動でうんざりしたことがあり、さらにその頃俺と付き合いたいという可愛い女がいたためだ(こうやって改めて言うと本当に自分が嫌になるが)。
その後、共通の友達もいなかった彼女の噂を聞くことはなかったのだが、なんと彼女はその堕胎が原因で1ヶ月後くらいに亡くなってしまっていたと言うのだ。
にわかには信じがたかったが、やはり連絡しないといけないと思い、連絡先を聞く事にした。
俺は昔の知り合いに聞いた連絡先に電話を入れ、彼女の両親と会うことになった。両親から聞いた話は、電話で知り合いに聞いた話そのままだった。
俺はなんてことを…。俺は両親の前で土下座して謝った。父親は何も言わなかったが、母親が口を開き、こう言った。
「謝ってもらっても、娘は帰ってこないのよ。法律的には、あなたには罪はないしね」
「でも…そういう問題じゃありません」と俺が言うと、
「そうよ。娘を殺したのはあなただと、私は思ってます。一生後悔して生きてね」
俺は血の気が引いた。きっと生霊というのは、この人なのだろう。
俺は呪われているんだ。罵倒され、殴られる方がずっとよかった。
体調不良は今でも続いている。霊媒師の所には今でも行っており、色々相談に乗ってもらっている。
俺の後悔の念が消えれば、向こうの両親の生霊(後悔の念)に干渉されることもない、早く忘れ、前を向くことだ、と言われている。
その為、禅寺にも通って禅を組んだりしている。でも、忘れるってどういうことなんだろうか。
子供おろしたってどうってことないぜ、と思っていた頃に戻ればいいんだろうか。最近俺の本棚には、仏教関連の本がいっぱい並んでいる。
最後に、彼女の両親に会った後、霊媒師に相談した時の会話。
「お母さんに許してもらえればいいんじゃないでしょうか…俺、毎日でも謝りに行こうと思ってるんですが」
「ダメです。もうお母さんには会ってはダメ。あなたにまとわりついていた後悔の念は、ハッキリとあなたへの憎悪となっています。ある種の呪いになろうとしている。もう、夢も思い出せるはず」
そう、俺は毎晩のように見る、おぼろげだが強烈な悪夢を思い出せそうになっていた。血みどろの部屋で泣きわめく中年女性。多分あの女性の顔は、お母さんなんだろう。