5年前の夏、祖母の家で体験した出来事です。
祖母は少々偏屈で、父がいくらうちで一緒に暮そうと言っても聞かなかった。
それも理由があってのことだったらしいと、後から判ったのだが。
祖母は物が捨てられない性質で、家には物が溢れ、収納出来る所にはそれらが詰め込まれていた。ただ一箇所を除いて。
納戸にある押し入れの右下には、絶対に物を詰めないのだ。
理由を聞いても教えてくれなかった。
※
そんな祖母が5年前の夏、突然倒れてそのまま亡くなった。
私達家族と叔母夫婦で、葬儀のため家を片付けていた時、叔母が例の押し入れの右下に物を詰めてしまった。
その日の夜、私達家族だけが祖母の家に泊まった。
深夜、弟が部屋を出て行くのを感じた。
トイレだろうと思いまた眠ろうとすると、弟が駆け戻って来た。
「1階の廊下に変なのが居る」
「変なの? 虫とか?」
「違う。でも、どうせこういうのって、違う人が見に行くといないんだよ」
弟のその言葉で、幽霊の類を見たのだと思った。
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私は弟と一緒に部屋を出て、階段に向かった。
弟が無言のまま私の腕を引いた。階段に居たのだ。髪の長い、着物を着たモノが。
階段を這い上がろうとしているらしい。
私の足が置いてあった台に当たってしまい、ガタッと音を立てた。
階段に居た女が顔を上げ、長い髪の間から私達の方を見た。
私は弟の手を掴み、部屋まで走って戸を閉めた。
「さっきのが廊下に居たの?」
弟が頷く。私達は黙り込んで暫く佇んでいた。
廊下を這っている衣擦れの音がする。音は廊下を何度か往復し、やがて消えた。
私と弟は黙ったまま、朝まで眠れなかった。
※
明け方の5時になってから私達は1階に降りた。
そして、納戸の押し入れの戸が開いているのを見つけたのだ。
戸の内側には、爪で引っ掻いたような痕が、古いものから新しいものまであった。
やはり押し入れの右下には、物を詰めてはいけなかったのか。
押し入れから物を出したことで私と弟は叱られたが、その理由を話す気にもなれなかった。
押し入れの上部には、古い御札が貼ってあった。
※
式に来てくれた、祖母の幼少期からの友人に、それとなく聞いてみると教えてくれた。
祖母がまだ十代の頃、病弱で伏していた姉が、押し入れで謎の死を遂げたというのだ。
何故祖母の姉が押し入れに入ったのかは判らない。
押し入れの戸を爪で引っ掻いたのは、発作か何かで苦しかったからなのだろうか。
恐らくは、私と弟が見た女が祖母の姉なのだろう。
式に来てくれたお坊さんには供養をしてもらった。
※
現在祖母の家は、近所の子供達にオバケ屋敷と呼ばれているらしい。
苦しげな呻き声が聞こえることがある、というのだ。
祖母の家は近日中に取り壊されることが決まっている。
あの押し入れももちろん壊される訳だが…。