もう15年も前の話。
当時、俺は小田急線の経堂に住んでいて、夜中に城山通り沿いのコンビニまで夜食を買いに行った。
自転車で城山通りを走っていて、コンビニ近くのバイク屋の前を通りかかった時、何か焦げ臭さを感じて停まったんだ。
バイク屋はシャッターが閉まっていて、中で誰か作業でもしているのかなと思ったけど、気になったので建物の横に行ってみた。
そしたら、そのバイク屋の2階の窓が開いていて、そこから薄っすらと煙が出ている。
2階は電気も点いておらず真っ暗で『もしかして火事?』と思って見上げていた。
そしたらその窓から、白い下着かワンピースのような服を着たお婆さんが顔を出した。
俺は真下に居たので、思い切り目が合っちゃった。
もし火事だったら、その段階で何か言ってくるはずだ。「助けて」とか。
でもお婆さんは、何も言わず俺の顔を見ている。
あまりにも普通なので何か気まずくなり、小さな声で
「大丈夫ですか?」
と聞いたら、余計なお世話だという感じで、何も言わずにすーっと窓を閉められちゃった。
『こりゃ、サンマでも焼いてたかな?』と思って、もう行こうとしたのだけど…。
どうも気になっちゃって立ち去れずにいたら、都合良く道の反対側を自転車のお巡りさんが通りかかった。
俺はお巡りさんを呼び、
「何かこの家、変ですよ」
と言って、二人でバイク屋の裏側に回ってみた。
裏に回ってみると、バイク屋の2階は住居になっていて、そこのドアの隙間から明らかに異常な量の煙が出ていた。
俺は慌てて、お巡りさんに
「中にお婆さんが居ます!」と言ったら、お巡りさん、ドアを体当たりで開けちゃった。
その瞬間、物凄い量の煙が噴出してきて、俺はギブアップ。
お巡りさんは何とか中に入って、お婆さんを助けようとしていた。
そこはアパート密集地帯だったので、俺はとにかく大声を出しながら、裏の部屋の扉を叩きまくった。
そして周りの住民と、今思えば笑っちゃうけどバケツリレー。
そんなもので消えるはずもなく、火はどんどん広がって行き、俺はもう完全にお婆さんのことは諦めていて、
「もう危ないからみんな避難した方がいいよ」
と言っていた。
そしたら、やはりお巡りさんは凄いもんで、とうとう燃える家の中から真っ黒な顔をして担ぎ出して来た。
俺達も手を貸して安全な所に横たわらせ、よく見たらそれはお爺さんだった。着ている物も全然違う。
『ありゃー』と思って見上げたけど、どう考えてももうお婆さんの救出は不可能。
やっと消防車が駆け付けて消火を始めた時には、2階は火の海だった。
※
その後、お爺さんは一命を取り留めたらしい。
お爺さんはバイク屋とは無関係で、2階を借りていただけ。
家賃もかなり滞納していたようで、自殺の可能性が高いというような話を聞いた。
俺はその後、第一発見者ということで消防から賞状を貰った。
※
ところでお婆さんなんだけど、そんな人居ないんだって。
お爺さんはずっと一人暮らしだったらしい。
警察も消防も、
「お爺さんと見間違ったんでしょ」
と言っていた。
見間違いのはずはないんだけど。
だって助け出されたお爺さんは禿げ頭だったけど、俺はお婆さんの髪型まで覚えている。
何より、俺の目の前で窓を閉めたのだから。