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山のトンネルで出会った“禍垂”の正体

かすい

十代の頃の話だ。

善悪の分別もつかず、学校にも行かず、仕事もせず、仲間と遊び歩いていた頃のこと。

ある夜、いつものように友人から電話が入り、「今から肝試しに行こう」と誘われた。

俺は昔から幽霊など全く信じておらず、怖いものはないと豪語していた。だから二つ返事で了承し、迎えに来た友人たちと山へ向かった。

目的地は、近くの山にある古いトンネル。

メンバーは、血の気が多く仲間内のリーダー格だったT、十代ながら妙な威厳を放つM、そして少し気弱で幽霊を恐れる超絶イケメンのS、そして俺の四人だった。

誰一人として霊感など持ち合わせてはいない。ただ、Sだけは本気で怖がっていた。だがそれをからかいながら、俺たちは笑い声を上げ、軽い気持ちで心霊スポットへと向かっていった。

今思えば、それがすべての間違いだった。

車で山道を進むうち、カーブの途中に花が供えてある場所があった。

その瞬間、背筋にひやりとしたものが走った。何か大事なことを忘れているような感覚。だがその時は気に留めず、俺たちは先を急いだ。

やがてトンネル前の駐車場に到着。車を停め、そこから歩いてトンネルへ向かう。

夜の山道は異様に静かで、暗闇は全身を包み込むように重くのしかかっていた。

Tがわざと声を張り上げ、崖のガードレールを蹴りながら笑った。

「全然大したことないな。ただ暗いだけだろ」

俺も強がり、「拍子抜けだな」と応じたが、Sは青ざめた顔で「もう帰ろう」と繰り返していた。

やがて目的のトンネルが姿を現した。

その入口は、巨大なコンクリートブロックで封鎖されていた。まるで中にいる何かを閉じ込めるかのように。

雰囲気に気圧され、全員が口をつぐんだ。

だがTが鼻で笑い、「お前らビビってんのか? 俺が行ってやる」と言い出した。

負けず嫌いな俺は、つい見栄を張ってしまった。

「いや、俺が行く。ひとりで入って確かめてくる」

言ってしまった瞬間、後悔が押し寄せた。だがもう引き返せない。俺はブロックの隙間から身を滑り込ませ、暗闇の中へと足を踏み入れた。

中は完全な闇。

懐中電灯などなく、頼れるのは小さなジッポライターの炎だけ。

揺らめく火が壁を映すたびに、不気味さが増していった。

しんとしたトンネルには、天井から水滴が落ちる音しか響かない。

奥へ進もうとするが、足はなかなか動かない。

その時、外で待つ仲間たちの声が飛んできた。

「どうだー?」
「マジでもうやめろって!」
「一緒に行こうかー?」

その声に少し勇気づけられた俺は、「大丈夫、奥まで行ってみる」と返事をし、ゆっくりと奥へ歩みを進めた。

不思議なことに、歩くうちに恐怖は次第に薄れ、むしろ懐かしさに似た感覚が胸に広がった。

その正体は、この後になって気づくことになる。

トンネルの半ばに差し掛かったとき、突然、耳元にふっと生温い息がかかった。

「気のせいだ」と言い聞かせながら進むが、それは十秒おきに繰り返される。

やがて息は絶え間なく吹きかけられるようになり、背筋が凍った。

恐怖が限界に達した俺は、踵を返し、全力で入口に向かって走り出した。

必死にブロックの隙間を抜け、外の空気を吸った瞬間、息は止んだ。

安堵のため息をつき、仲間のもとに戻ろうとした時だった。

「お前…後ろに何連れてきてんだよ…」

ツレたちの顔は蒼白だった。

Sは涙を浮かべて震えていた。演技などではない。

次の瞬間、俺の視界の端に、長い黒髪のようなものが揺れた――。

ツレの視線は俺の背後に釘付けだった。

「お前の後ろ……マジで何なんだよ」

「ふざけんなよ、そんな冗談で出てきたら洒落にならん」

そう言うTとMの顔は、普段見たこともないほど真剣だった。

そしてSは涙を浮かべ、震えながら「もう無理だ」と叫び、駐車場へ走り出した。

TとMも「ごめん!」と声を上げて逃げ出す。

残された俺は、恐怖心よりも「一人になること」への絶望に突き動かされ、必死で駆け出した。

走っても走っても、背後には何かの気配がついてきた。

息を切らせながら「車のライトさえあれば助かる」と藁にもすがる気持ちで走り続ける。

そして、とうとう意を決して振り返った。

その瞬間――目を見開いた女が、闇の中で俺を凝視していた。

その姿は「貞子」のような怪異ではなかった。

前髪を上げ、フリルのある上着にジーンズ。どこにでもいる普通の女性の姿。

しかし顔だけが決定的に異常だった。

口は裂け、化膿したように膿がただれ、鼻は千切れかけている。

そして目。

黒目の部分には無数のガラス片のようなものが突き刺さり、そこから黒い液体が涙のように滴っていた。

あまりの恐怖に、俺は失禁と脱糞を同時にしながら、ただ必死に走った。

「死にたくない!助けて!ごめんなさい!」

叫び続けるしかなかった。

耳元では、またあの生温い息の音が付きまとっていた。

ようやく駐車場に着くと、ライトを点けた車が見えた。

気配は徐々に遠ざかり、俺はTが開けてくれたドアに飛び込んだ。

エンジンを吹かし、車はタイヤを鳴らしながら山を下った。

車内でTとMとSは口々に謝った。

「本当に悪かった、あれはヤバすぎた」
「洒落じゃなかった、ごめん」

俺も「仕方ない」と答えながら、安心したのも束の間。

窓の外、花が供えられていたカーブに差しかかった時、木の上に“何か”がいた。

「早く!飛ばせ!」

俺は叫びながら座席の足元に身を隠した。

Sが泣きそうな声で「やめろよ、もう勘弁してくれ」と言い、Mも「またいたのか?」と怯えた。

その時、運転するTが小さな声で言った。

「俺も見た……木の上に、いた」

車内はパニックになり、Tは100キロを超える速度で山を飛び出した。

俺たちはそのまま、全員でTの家に泊まることにした。

酒を飲み、恐怖を紛らわせようとしたが、夜中に目が覚めた俺は、背後にあの気配を感じた。

振り返ると、そこには例の女が立っていた。

両手で俺の頬を掴み、口を大きく開けて黒い液体を溜めながら、何かを必死に伝えようとしていた。

その声はうがいのように濁り、意味はわからなかった。

「……知っている」

俺の脳裏にひとつの答えが浮かんだ。

――この女、俺の元カノ・Uだ。

朝を迎えた俺は、ツレたちに夜中の出来事を打ち明けた。

「……女がまた出た。間違いない、元カノのUだ」

そう告げると、場の空気が一変した。

TもMもSも、言葉を失ったように黙り込んだ。

Uは、数年前にツレと飲みに行った時に知り合った女性だった。

男女関係が激しく、浮気の噂も絶えなかったが、俺は次第に惹かれ、付き合うようになった。

だが結局、彼女の奔放さに耐えられず破局。やがて連絡を断ち、疎遠になっていた。

それからしばらくして耳にした噂――Uが亡くなった、という話。

詳しい状況は知らなかったが、俺は深く関わることを避け、葬式にも参列しなかった。

今思えば、その選択が彼女を縛りつけてしまったのかもしれない。

懐かしさを覚えたトンネル。

あの場所は、かつて俺とUが酔った勢いで訪れた思い出の場所だった。

そして、カーブに供えられていた花。

それは――Uが亡くなった現場に供えられていたものだった。

「……やっぱり怨まれてるんだろうな」

Tが重い声で言った。

「お祓いしかないんじゃねぇか?」

Mが真剣な表情で俺を見る。

だが俺には金も伝手もなかった。

「そんなツテないし、金もねぇよ」

そう答えた時、Sが口を開いた。

「俺、一人だけ知ってる人いる。寺や神社じゃないけど、前に知り合いがお祓いしてもらったって……」

俺たちは一斉にSを見た。

「……頼む、聞いてくれ」

しばらくSが電話で誰かと話し、揉めていたが、やがて戻ってきた。

「大丈夫だって。ただし今日中に来いってさ。準備がいるらしい」

「今日かよ……」

一抹の不安を覚えながらも、背に腹は代えられない。

俺たちは昼過ぎ、紹介された家へ向かった。

そこにあったのは、ごく普通の一軒家だった。

チャイムを鳴らすと、エプロン姿の中年女性が現れた。

「まさかこの人じゃないよな……」

そう心の中で思ったが、正しくその人が“お祓い師”だった。

名前は仮にHさんとしよう。

居間に通され、俺たちは一部始終を話した。

Hさんは真剣に頷きながら聞き、静かに言った。

「……あたしで祓えるかはわからない。でも、出来る限りやってみるよ」

そして続けて言った。

「料金は……経費込みで五万円」

「ま、マジすか!?ローンとかできます?」

「事が事だからいいよ。分割で」

思わず安堵したが、同時に「本当に効くのか?」という不安も拭えなかった。

Hさんによれば――。

Uは俺を怨んでいる。

だが、単なる怨霊ではなく、その背後にもっと得体の知れない存在がいる可能性が高い。

「普通のお祓いじゃ駄目かもしれない。むしろ、彼女の意識を“あなたから逸らす”ことが必要なんです」

そうHさんは言った。

方法はこうだった。

俺たち4人は、清めを受けてからHさん宅の二階の部屋に入る。

部屋の四方と天井と床には札が貼られており、一晩そこで過ごす。

ただし、俺は一言も発してはいけない。

逆にツレたちは、絶えず声を出していなければならない。

「言葉には“言霊”がある。この部屋では、声を出す者だけがUに認識される。だからあなたは黙っていなければならないのです」

「……妨害はあると思います」

Hさんは最後にそう警告した。

「音かもしれないし、姿を見せるかもしれない。でも決して動揺してはいけません」

俺たちは緊張しながらも覚悟を決め、夕食と清めを済ませ、指定の部屋へと入った。

四方の札が貼られた、普通の六畳間。

いよいよ“夜”が始まろうとしていた。

指定された時間――午後七時。

その時刻を境に、Hさんは俺たちを二階の部屋に残し、外に出ていった。

「この時間からは、もう私の存在すら妨げになる。あとは皆さんだけでやるしかない」

そう言い残して。

部屋の四方、天井、畳の下には札が貼られていた。

普通の六畳間に見えるが、どこか圧迫感があり、空気が重い。

俺は一言も発してはいけない。

代わりにT、M、Sの三人が声を出し続ける。

最初は馬鹿騒ぎに近いほどだった。

普段飲めない日本酒を渡されたこともあり、彼らは陽気に盛り上がり、笑い声を響かせていた。

その声に混ざって相槌を打つだけでも時間は過ぎていった。

気がつけば、時計はすでに午後十一時を回ろうとしていた。

「……意外といけるな」

そんな安堵が一瞬、俺たちの中に生まれた。

しかし――妨害は突然始まった。

最初に響いたのは、廊下を歩く足音だった。

「ペタッ、ペタッ」と裸足のような音。

一定の間隔で近づいてくる。

俺たちは一瞬黙り込んでしまったが、すぐに「喋り続けなければ」という約束を思い出し、慌てて声を張り上げた。

T「ははっ! こわっ! でも大丈夫だろ!」

M「お、おい、続けろ続けろ!」

S「マジ勘弁してほしいけど、喋るしかねぇ!」

馬鹿げた空元気が、場を支えていた。

やがて、ラップ音が室内で鳴り響いた。

「バキッ」「カチッ」

壁の中から、天井から、畳の下から、まるで部屋そのものが軋むように音が走る。

しかし三人はさらに大声を張り上げ、負けじと騒ぎ続けた。

恐怖よりも、「沈黙してはいけない」という思いが勝っていたのだ。

俺は口を閉ざしたまま、彼らの声に縋るように必死で耳を澄ませていた。

そして――午前二時。

最後の妨害が始まった。

部屋全体が打ち破られるような轟音が響いた。

まるで誰かが壁を拳で殴り続けているかのように、ガンガンと響く。

同時に――声が聞こえた。

「アァァ……アァァ……ガガッ……」

嗽(うがい)のように濁った音を混ぜた声。

黒い液体を吐きながら呻いていた、あの女の声だった。

さすがに三人も限界だった。

「おい……やばい……」

「声が出ねぇ……」

「無理だ……」

三人の声が小さくなり、やがて沈黙が訪れた。

俺は心臓が凍りつくのを感じた。

――終わった。

そう思った瞬間、窓の外が薄らと明るくなり始めた。

時計は午前五時を回っていた。

いつの間にか夜は過ぎ、朝が訪れていたのだ。

玄関の戸が開き、Hさんが戻ってきた。

「……もう大丈夫よ」

その一言に、俺たちは一斉に崩れ落ちた。

男四人が大声で泣き叫び、肩を抱き合いながら嗚咽した。

Hさんは静かに告げた。

「二度とあの山には近づかないこと。次は助けられるとは限らない」

俺はその言葉を心に刻み、決して肝試しなど行わないと誓った。

お祓いから一か月ほどが過ぎた頃。

俺は、Hさんから呼び出しを受けた。

正直、あの一件以来、心霊や怪異の話には関わりたくなかった。
「料金の催促かな……」と嫌な予感を抱きつつ、彼女の家を訪ねた。

「こんにちは。すみません、お金はまだ全額揃っていなくて……」

恐縮しながら切り出すと、Hさんは首を振った。

「今日は料金のことじゃないから安心して」

少し安堵したものの、同時に別の不安が湧き上がった。
――まだ、何かあるのか。

「実はね、あの時のUさん――あなたの元恋人について、分かったことがあるの」

俺は息を呑んだ。

「……分かったこと?」

Hさんは静かに頷いた。

「あの時、あなたを怨んで憑いていたように見えたでしょう? でも違うの。Uさん自身は、あなたを恨んでなんかいない」

俺は思わず声を荒げた。

「そんなはずない! あんな恐ろしい姿で、妨害して、殺そうとして……。あれが好意だなんてあり得ない!」

Hさんは、真剣な眼差しで言葉を続けた。

「あれはUさんの意思じゃなかったの。Uさんの背後に、別の存在がいたのよ」

「……別の存在?」

「そう。元が人間かどうかすら分からない。長年あの山に潜み、人の心を歪める“何か”。私の先生はそれを『禍垂(かすい)』と呼んでいたわ」

禍垂。

その名前を聞いた瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。

Hさんの説明はこうだ。

禍垂は、元は人間であった可能性もあるが、詳細は分からない。
木の枝に両手でぶら下がり、下半身のない姿で現れるという。

俺が車で逃げる途中、木の上で見た“何か”。
それが禍垂だったのだ。

「禍垂に引き込まれたUさんは、自分の意思を失い、あなたを標的に選んでしまったのでしょう」

俺は震える声で尋ねた。

「……Uは、どうなるんですか?」

Hさんは苦い表情で答えた。

「残念だけど、Uさんはあの山に捕らわれたままになると思う。禍垂を祓えば解放されるかもしれない。でも――禍垂はまず見つからないし、もし見つけても、祓おうとすれば命を落としかねない」

「……」

「あなた自身は、もう大丈夫。あの夜、縁は断ち切れた。ただし――絶対にあの山へ近づかないこと。禍垂と再び繋がったら、今度は助けられないわ」

俺は深く頷いた。

心の底から安堵した一方で、報われることのないUの存在を思い、胸が締め付けられた。

――あの時、もっと何かできたのではないか。
――せめて、最後に優しくしてやれたら。

そんな後悔だけが残った。

その後、料金を払い終えると、俺は二度とHさんには会っていない。

もちろん、あの山にも決して近づいていない。

俺は心に誓った。

人間の好奇心は時に残酷だ。
だが、噂のある場所、心霊スポットと呼ばれる場所へ軽い気持ちで足を踏み入れてはならない。

そこには、想像を超えた“何か”が待っているかもしれないのだから。

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