学生時代、二学期も半ばに差し掛かった頃。
僕らのクラスでは何故か『学校の怪談』というアニメが大流行し、今更ながらオカルトブームが訪れていた。
女子はこぞっておまじないなどに嵌まり始め、男子はしょっちゅう肝試しに出掛けた。
僕としては、今まで友人のナナシと体験して来たことの方が余程怖かった。
当のナナシも今までの体験談を話すことも無く、いつものようにヘラヘラしながらみんなの話を聞いていた。
これまで散々語られて来た都市伝説にキャーキャー言うクラスメイトたちを見ていると、
『知らぬが仏というのは本当に名言だなあ』
と思っていた。
※
そんな時、唐突に声を掛けられた。
「今日、俺ん家に来ないか?」
それは、ヤナギというクラスメイトからの誘いだった。
ヤナギは親父さんが貿易会社の社長で、まあ、所謂お金持ちだった。
でも金持ちにありがちな嫌味が無く、寧ろサバサバしていてみんなから好かれていたし、僕やナナシも仲良くしていた。
「何で突然?」
僕がそう尋ねると、
「ウチの親父が、珍品コレクターっての? 何か不気味なモンばっか集めててさ。中には曰く付きの物もあるから、見に来ないかなぁと思って」
と、ヤナギは言った。
するといつの間にかナナシが僕の隣に立っていて、
「行く行く。是非ともお邪魔します。俺もこいつも、そうゆうの好きでさぁ」
と僕の肩を掴んで引き寄せ、僕の意思や意見は完璧無視で誘いを受けやがった。
こうして僕らはヤナギの家にお邪魔することになった。
※
「ここなんだよ」
放課後、大きなヤナギの家に着くなり、僕らは地下室に案内された。
地下室と言ってもじめじめした嫌な雰囲気は無く、特に怖いことが起こる予感はしなかった。
正直、ナナシと居ると変なことばかり起こるので、来るまでは不安だったのだが…。
「今日は親父居ないから、まあゆっくり見てけよ」
ヤナギが地下室の鍵を開ける。
何だかんだ言いながら押し寄せていた期待感に心臓をバクつかせていると、ドアが開いた。
「…ん?」
しかし、中には期待していたようなおかしな物は無かった。
古い本や、ちょっと大きな犬の剥製、振り子時計などが置かれているだけだった。
「別に珍品じゃないんじゃね?」
もっとこう、動物の生首だとか奇形物のホルマリン漬けだとか、殺人鬼が使っていた刀だとかを想像していた俺は、半ばがっかりしながら言った。
しかし隣に目をやるとナナシが笑っていて、僕はゾッとした。
いつものヘラヘラした笑顔ではなく、あの不気味な歪んだ笑顔だった。
「まあ、そうでもないんだよ」
ヤナギはそんなナナシの様子に気付くこと無く、僕の発言に答える。
「例えばこの振り子時計。これは、どこか外国の殺人鬼の物でさ、この扉の中に殺した人間の指の骨を入れて集めてたらしいよ。
こっちの剥製は飼い主の赤ん坊を噛み殺した犬らしいし、この本は自殺した資産家が首を括る時に踏み台にした物なんだと」
ヤナギがスラスラと不気味な話をし始める。
つまりヤナギの親父さんは、そういう曰く付きの物をコレクションしている訳だ。
「まあ、本当かどうかは分かんないけどさ」
ヤナギは笑った。
※
その時、
「なあ、これ、何?」
ナナシが何かを見つけた。
それは少し煤けていたが、立派な女の子の人形だった。
フランス人形か何かだろうか、青い瞳を伏せている。
「ああ、それか」
ヤナギが人形を持ち上げる。
「これは特に不気味なもんじゃないんだけど、変わった仕掛けが施してあってさ」
ここだとヤナギが人形の瞳をつつく。
「何か、角度や色が細かく計算してあって、絶対に目が合わないようになってんだよ」
なるほど、確かに目が合う人形は山ほどある…と言うか寧ろ人形とは目は合うものだが、絶対目が合わない人形とは珍しい。
僕も人形をヤナギから受け取り、目を見てみた。
確かに、微妙に目の焦点がズレて見える。
「へぇ。こいつは面白いな」
僕は人形を色々な位置に移動させ、目を合わせようと試みた。
しかし、やはり目が合わない。
どこか違う方を見ている。
その時、気付いた。
どんなに移動させようと、角度を変えようと、目の合わない人形。
その人形が僕から目を逸し、見ている一点。
それは、ナナシだった。
「え? え?」
僕は場所を変え角度を変え、立ち位置を変え、人形を動かした。
しかしどんなにそれらを変えても、目の合わない人形はナナシの方を見ていた。
どの位置に立っても、ナナシが居る方に目線が向いている。じっと、睨み付けるように。
おかしい。
オカシイオカシイオカシイ。
僕はパニックになって人形を揺さぶっていた。
怖くて怖くて仕方無かった。
どうしてナナシの方を見るのか。どうして。
※
その時。
「ホラ、いい加減にしろ」
ナナシが僕の手から人形を奪うと、元の場所に置いた。
僕は汗だくになっていた。
「悪いなヤナギ、こいつ夢中になると我を忘れるから。でも面白いな、親父さんのコレクション」
ナナシがヤナギに詫びを入れ、他に話を振る。
ヤナギも特に何か疑う様子も無く、話をしている。
それでも僕はまだ人形を見ていた。
人形はやはりナナシを睨み付けていた。
※
暫くお喋りをして、僕とナナシはヤナギの家を後にした。
帰り道、僕はナナシに思い切って言った。
「ナナシ、あの人形…」
「ずっと俺の方を見てただろ?」
やはりナナシは気付いていた。
ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら、僕を見る。
「お前もなかなか勘が良くなったじゃねぇか」
俺の教育の賜物だ、などとふざけたことを抜かすナナシに腹を立てつつ、半ば呆れて僕は言った。
「お前、よく怖くないよな」
するとナナシは、ハッ、と鼻で笑うと、
「俺はお前の後ろに突っ立てた、手足がやたら折れ曲がった女のが怖かったぜ?
ベキベキベキッという音が、聞こえて来そうでさ」
と言った。
僕は急速に体が冷えて行くのを感じた。
「ん? 知らなかった?」
ナナシはケラケラ笑って、
「『知らぬが仏』というのは、本当に名言だよな」
と言った。
どこかで聞いた台詞だと頭の隅で感じながら、僕は走ってその場を去った。
それから僕がヤナギの家に行くことは、二度と無かった。