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記憶を追って来る女(従姉妹シリーズ7)

暗い夜空(フリー写真)

語り部というのは得難い才能だと思う。彼らが話し始めると、それまで見て来た世界が別の物になる。

例えば、俺などが同じように話しても、語り部のように人々を怖がらせたり楽しませたりは出来ないだろう。

俺より五歳上の従姉妹にも語り部の資格があった。

従姉妹は手を変え品を変え、様々な話をしてくれた。俺にとってそれは、非日常的な娯楽だった。

今はもうそれを聞けなくなってしまったけれど。

従姉妹のようには上手く話せないが、これから話すのは彼女から聞いた中で最も印象に残っている内の一つ。

中学三年の初夏、従姉妹は力無く抜け殻同然になっていた。

普段は俺が催促せずとも、心霊スポットや怪しげな場所に連れて行ってくれるのだが、その頃は頼んでも気の無い返事をするだけだった。

俺が新しく仕入れて来た話も、おざなりに聞き流すばかり。

顔色は悪く、目の下には隈が出来ていた。

ある日、その理由を尋ねた俺に、従姉妹はこんな話をしてくれた。

春頃から、従姉妹は頻繁にある夢を見るようになった。

それは夢というより記憶で、幼い頃の従姉妹が、その当時よく通っていた公園の砂場で独り遊ぶ光景を見るのだった。

やがて何度も夢を見る内に、独りではないことに気が付いた。

砂場から目線を上げると、そこに女が立っている。

淡いピンクの服を着た、黒いロングヘアの女が従姉妹を見つめ立っていた。

女に気付いた次の夜、夢は舞台を変えた。

少し大きくなった、小学校に入ったばかりの授業参観の光景。

後ろに沢山並んだ親たちの中に、自分の母親も居るはずだった。

教師に当てられ正解した従姉妹は、誇らしさを胸に後ろを振り返った。

だがそこに居たのは母親ではなく、公園で従姉妹を見つめていた女だった。

次の夢は小学校高学年の頃の運動会だった。

従姉妹はクラス対抗リレーに出場していた。

スタート地点に立ち、走って来るクラスメートを待った。

もうすぐやって来る。腰を落として身構え、後方を見た。走って来たのは公園に居た女だった。

両手足を滅茶苦茶に振りながら凄いスピードで近付いて来る。従姉妹は恐怖を感じ、慌てて逃げ出した。

一瞬、女の顔が見えた。真っ白な肌にどぎつい赤の口紅を塗りたくり、ニタニタ笑っていた。

翌日の夜、従姉妹は寝る前から予感を抱いていた。

今日も夢であの女に会うのではないか。それは殆ど確信に近かった。

そして、その通りになった。

夢の中で従姉妹は中学生になっていた。

記憶にある通り、吹奏楽部の練習に参加していた。

顧問のピアノに合わせて、トロンボーンを構えた。深く息を吸い込んだまま、従姉妹は凍り付いた。

ピアノの前に座っていたのはあの女だった。

狂ったように鍵盤を叩き、顔だけは従姉妹を凝視していた。

女の顔ははっきり見て取れた。

異様に白い肌、細い目、高い鼻筋、真っ赤な口紅が塗られた唇を大きく広げ、ニタニタ笑っていた。

そこから覗くのは八重歯で、口紅だろうか…赤く染まっている。

不揃いな黒いロングヘアが女の動きに合わせ激しく揺れた。

汗だくで目覚め、従姉妹はある事に気が付いた。私は夢の中で成長過程を辿っている。

初めは幼い頃、次は小学生、今は中学生だった。

もしかして、女は私の記憶を追って来ているのではないか。

その仮説は正しかった。眠る毎に夢の従姉妹は成長し、女は必ずどこかに現れた。

ある時は見上げた階段の上から、ある時は電車の向かいの席で、ある時は教室の隣りの席から。

従姉妹はここに至ってもう一つの法則に気が付いた。女との距離がどんどん縮まっている。

今ではもう女の三白眼も、歯と歯の間で糸を引く唾液もはっきりと見えるようになった。

従姉妹はなるべく眠らないように、コーヒーを何杯も飲み徹夜した。

しかしすぐ限界が来る。女は、昼に見る一瞬の白昼夢にも現れた。

そしてとうとう現実に追い付いた。

そこまで話すと、従姉妹はうなだれるように俯き黙った。黒い髪がぱさりと顔を覆い隠す。

すっかり聞き入っていた俺は、早く続きを知りたくて急かした。

催促する俺を上目遣いで見て、従姉妹はゆっくりと笑った。

「だから現実に追い付いたって言ったでしょう」

そう言ってにやりとした従姉妹の口元には、八重歯が生えていた。

いつから従姉妹が八重歯だったのか、俺には自信が無かった。

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