子供の頃は両親が共働きだったので、うちには幼い俺の世話をする『佐々間のおばちゃん』という人が居た。
おばちゃんはちょっと頭が良くなかったせいか仕事は持たず、自分ちの畑とうちのお手伝いで食っているようだった。
おばちゃんの仕事は、学校から帰って来た俺にご飯を作ることと、家の掃除洗濯、あと体が弱く入退院を繰り返していた婆ちゃんの介護だった。
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ある日、俺が学校から帰って来ると、珍しくおばちゃんは居なかった。
代わりにいつも寝たきりの婆ちゃんが起きていて、居間でお茶を飲んでいた。
おばちゃんが家に居るのが普通だったので、お婆ちゃんに
「今日はおばちゃんは?」
と聞くと、
「今日はまだ来ていないよ」
と言い、俺を二階に閉じ込めるように押し込んだ。
「今日は誰が来ても降りて来ちゃいけないよ」
と言って、お菓子とぽんジュースを渡された。
「誰が来てもって、誰が来ても?」
と聞くと、お婆ちゃんは少し困ったような顔で「そうだよ」と言い、
「シーッね」
と口に指を当てながら襖を閉めた。
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俺は大人しく炬燵に入りテレビを見ていたのだが、18時近くの薄暗くなった頃におばちゃんの声が聞こえた。
二階と言っても狭い家。玄関に誰が来たかくらいは聞き耳を立てなくても分かる。
「洋介君はまだ帰って来ておらんかねえ」
とおばちゃんが言うので出て行こうかとも思ったが、婆ちゃんの『誰が来ても降りてくるな』という言葉を思い出し、そのまま炬燵でごろ寝を続けた。
おばちゃんと婆ちゃんの遣り取りに暫く聞き耳を立てながら、テレビを見続けた。
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また暫くして佐々間のおばちゃんがやって来た。
「洋介君はまだ帰って来とらんかねえ。三浜屋(俺がよく行っていた駄菓子屋)にも居らんようやが」
すると婆ちゃんが、
「今日はまだやがねえ。友達の所に遊びに行く言うてたから、遅くなるんやないかねえ」
と嘘を吐いた。
幼心に、俺は匿われてるのだとぼんやり悟り、息を殺して炬燵に潜り込んだのを覚えている。
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日も落ちすっかり暗くなった頃、おばちゃんはまたやって来た。
「洋介君、帰って来たね?」
婆ちゃんは少しきつい口調で、
「まだよ。まだ帰らんよ。今日はもうご飯いいからお帰りなさい」
と追い返した。
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20時くらいになった頃に父母が帰って来た。
婆ちゃんがのそのそと階段を上がって来て、俺に
「もう降りていいよ」
と言ってきたので、俺はいつもより大分遅めの夕飯を食べた。
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その晩、近所の竹やぶで佐々間のおばちゃんが首を吊っているのが見つかった。
遺書には、
『希望が無いのでもう死にます。一人で死ぬのは寂しい』
ということが書いてあったらしい。
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身寄りのないおばちゃんは、何を考えて俺を探していたのか。
そう推測するとほんのり怖くてちょっと悲しい。