貧相なアパートに暮らす彼の唯一の楽しみは、隣に住む美女と語らうひとときだった。
ただ、一つだけ腑に落ちない点が…。
当時、彼の住むアパートは、築30年の6畳一間で、おんぼろアパートという言葉がぴったりの建物であった。
コンビニからも遠く、駅から自転車で30分もかかる物件だったが、そのぶん家賃は随分と安かった。
それでも彼は、そのアパートになにか温かいものを感じ、とても気に入っていた。
そして、それ以上に嬉しかったのは、隣の部屋に住む女子大生が美人で、とても親切だったことである。
顔を合わせるといつも挨拶してくれるし、付近のコインランドリーや美味しい定食屋など色々教えてくれたのだ。
そうする内に彼は、いつしかその女子大生に恋心を抱くようになっていた。
そして、彼女のことを考えると胸が締め付けられて苦しくなるのである。
彼はいつの日か彼女に告白しようと心に誓うのだが、その女子大生にも嫌なところがたった一つだけあった。
それは、彼女が幽霊の話をよくするところであった。
「このアパートには霊がいる」
「一階で霊の祟りで死んだ人がいる」
「昨日、金縛りに遭った」
など、廊下や階段での立ち話でも、必ずこういう話をするのだ。
「なんで、彼女はこんな話ばかりするのかな…」
元来臆病な彼は、そういう話を聞くのも駄目で、そのときばかりは閉口してしまうのだった。
ある夜のこと、彼が寝ていると何者かが布団の上に覆いかぶさってきた。
そして、彼の全身に重みをかけて、首を締めつけてくる。
「彼女が言っていた霊現象って、このことか…」
恐怖の中で、彼はそいつの手をなんとか引き離し、体をはねのけ電気を点けたのだ。
すると、部屋の中には誰もいない。自分が寝ていた乱れた布団があるのみである。
「これは、一体何なんだ。俺の幻覚なのか? 彼女が霊の話をするので、ついに本物の霊が出たのか…」
不審に思った彼は大家さんのところへ行き、この体験を話したところ、大家さんはこう言った。
「あのアパートには、あなたしか住んでませんよ」