叔母さんが久々に俺の家に遊びに来た時、つい先日見たテレビの恐怖特集の話になり、
「幽霊とか居る訳ねーじゃん!」
という会話をしていた時だった。
その叔母さんが、お客さんから昔聞いた話を教えてくれたんだ。
俺の叔母さんは小さな小料理屋・居酒屋をやっていた。
その居酒屋は郊外の辺鄙な場所にあるため、常連さんが多いのは当然だった。
新しいお客さんが飲みに来るのは珍しい。
その中に、月に二、三度来るようになったオバサンが居るのだけど、そのオバサンが酒を飲みながら叔母さんに語った話。
※
オバサンには結婚して20年くらいになる亭主が居たのだけど、この亭主がえらく駄目な人だったそうで。
もう子供達は大きくなって家を出ていたのだけど、亭主はオバサンに毎日のように金をせびり、フラフラ遊んでばかり。
おかげでオバサンは決して少なくはない借金を抱えていたそうだよ。
更に亭主は精神病の気もあって、偶に昂ぶって暴れたりすることもしばしば。
亭主は、借金の話になるともう手が付けられなかったそうだ。
でもそんなことがあったかと思えば、死人のように暗い顔をし、部屋に篭っていたりもする。
このオバサンは毎日、パートから疲れて帰って来ては亭主と口論、そんな毎日を送っていた。
※
さて、そんなある日のこと。
いつにも増して激しい口論の末、亭主はオバサンをしたたかに殴りつけた後、ヒステリーを起こして暗い戸外へ出て行ってしまった。
家の外から、オバサンを罵倒するような大声が遠ざかっていくのが聞こえていた。
またこれだ。
いつになったらこんな生活から解放されるのだろう?
いっそのこと死んでくれれば…いや、殺してやろうか…?
そんなことを考えながら、オバサンは仏間に行って布団を敷き、もう寝ることにしたのだそうだ。
仏間には扉の閉まった仏壇と、布団が一枚敷いてあるだけ。
明かりが消され、豆電球の弱々しい光が部屋の中をぼんやりと照らしていた。
※
どれくらい経っただろうか。
「ドン、ドン、ドン、ドン」
という大きな音で、オバサンは目を覚ました。
こんな時間に誰かが訪ねて来たのか? それとも亭主が帰って来たのか?
そんなことを思いながら上半身を布団の上に起こすと、おかしなことに気が付いた。
音は扉の閉まった仏壇から聞こえている。
「ドン、ドン、ドンドンドンドンドン」
どんどん音は大きくなって来る。
何かが仏壇の中から観音開きの扉を叩いている。
オバサンはあまりのことに動けなくなり、じっと仏壇の扉を見つめている。
「ドンドンドンドンドンドンドン!」
もう仏壇全体が揺れるくらいの凄い力だ。
するとその振動と音がピタッと止んだ。
静寂の中で、仏壇を見つめているオバサンはあることに気付いた。
閉まっていた仏壇の扉が3、4センチほど僅かに開いている。
そしてその隙間の暗闇から、目玉が二つ縦に並び、こちらを睨んでいるのが薄っすらと見えた。
オバサンが
「ウワッ!!」
と叫ぶと、その目玉はふっと消えた。
明かりを点けると、仏壇はズレたままだし、扉も開いたままだ。
怖くて仕方が無いオバサンは家中の電灯を点け、居間で朝が来るのを待ったんだって。
※
翌日の正午近く、オバサンの家に近所の人と警察が訪ねて来た。
何と亭主が、家から数分の雑木林で首を吊っているのが見つかったらしい。
どうやら死んだのは昨日の深夜。オバサンが仏壇の異変を目の当たりにしたその時刻だ。
※
借金を苦にしての自殺とされ、その後は事後処理にもう大騒ぎだったのだけど、オバサンは昨夜の体験を誰にも話さなかった。
亭主が死んで数年経ち、ようやくこの奇妙な体験を人に話すようになったそうだ。
「人が死んで喜んではいけないとは思うけど、死んでくれて、本当によかったよ」
オバサンは、ママである叔母さんにこう語った。
※
あの日、仏壇から覗いていた目は亭主のものだったのだろうか?
この話を聞いた自分はそう思ったんだけど…そんなことよりもだ。
そんなことよりも、
「そんなこともあるんだねぇ」
で簡単に済ませちゃう叔母さんに、どんな怪談よりもそういう霊的なサムシングの存在を信じさせる説得力を感じた。