小学校の頃、俺のクラスの転校生にユキオという奴がいた。その名の通り、肌が白くハーフみたいでナヨっとした感じの男だった。
ユキオには両親がいなくて、祖父母と暮らしているようだった。
俺たちは初め、ユキオを面白がっていじめた。
いじめといっても自殺に追い込むような悪質なものではなく、すれ違いざまにエルボーしたり、ユキオの椅子にブーブークッションを置いたり、今思えばかわいらしいものだったと思う。
もしかしたら、ユキオ自身は辛かったのかもしれないけど…。
だけど、ユキオは俺たちのいじめに対して、泣いたりオドオドすることもなくて、いつも冷静に対応していた。
だからあまり面白くなくて、自然と俺たちもいじめに飽きてしまった。
ユキオはしょっちゅう学校を休んでいた。1週間のうち必ず1、2回、多い時はそれ以上休んでいたと思う。
その頃、休んだ子の給食のパンを近所の生徒が届けるという学校のルールがあった。
ユキオの近所に住んでいるのは俺だったので、ユキオの家にしょっちゅうパンを届けに行った。
ユキオの家は古い木造住宅で、いかにもじいちゃんばあちゃんちって感じだった。
庭には木が生い茂っていて日当たりが悪かった。
いつもおばあちゃんが出るので、俺はパンを渡してすぐに帰った。
ある日、またユキオんちにパンを届けに行った時のことだ。
呼び鈴を鳴らすとユキオが出てきた。本人が出たのはこれが初めてだ。
具合が悪いようで顔色が悪く、元気がない様子だった。
俺を見ると、ユキオは家で一緒に遊ぼうと誘ってきた。
「ゲームを買ってもらったから、一緒に遊ぼうよ」
そのゲームは俺が一度遊んでみたかったものだったので、俺はユキオと遊ぶことにした。
ユキオの部屋はとても変わっていた。壁にシールやステッカーがたくさん貼ってある。
中には神社のお札みたいなものもあり、俺はちょっと怖くなった。
「この札みたいなやつ、なに?」
「おじいちゃんとおばあちゃんがお札を貼るんだ。でも、ちょっと怖いから色んなシールを貼ってあんまり目立たないようにしてるんだ」
「怖いならお札なんて外せばいいじゃん」
「だめだよ、おじいちゃんに怒られるよ」
ユキオが下を向いて黙ってしまったので、この話はやめてゲームを1時間くらい遊んでから帰った。
次の日もユキオは学校に来なかった。担任の先生が言うには、欠席の連絡がなかったようだ。
先生が心配して俺に様子を聞いてきたので、ユキオは具合が悪そうだったと答えた。
その日も帰りにパンを届けに行って、ユキオの部屋で一緒に遊んだ。
ユキオはオモチャをたくさん持っている。俺の親はオモチャなんて数えるほどしか買ってくれなかったから、
「じいちゃんばあちゃんが買ってくれるんだろ、いいなー」
と言った。
するとユキオが
「お父さんとお母さんが買ってくれたんだ」
と答えた。
「お前のお父さんとお母さんってどこいるの?」
「いないよ」
ユキオが寂しそうに言った。
「なんで?」
「交通事故で死んだんだ」
うつむくユキオを見て、俺は何だかかわいそうになって話を変えた。
「明日は学校来いよな!」
「わかんない」
「…先生が休むときは電話しろって」
「ゴメン」
「俺に謝ってもなー。おじいちゃんとおばあちゃんはどこにいんの?」
「奥の部屋にいるよ」
「じゃあ、そう言っとけよな」
「…眠れないんだ」
「急にどうしたんだよ」
「お父さんとお母さんが夢に出てきて、僕を呼ぶんだ」
「…」
「ユキオって僕の名前をずっと呼んでて、なんだか怖くなって眠れないんだ」
「……」
「昨日は腕をつかまれたし、僕を連れて行くつもりなんだよ」
俺は急に鳥肌がたってきて、もう帰ると言った。
ユキオが俺を引き止めるので、
「怖いって言われても、俺も泊まるわけにはいかないし…」
「なんで?」
「お母さんが心配してるから…」
そう言って、内心いけねえと思った。ユキオは下を向いて泣きそうな顔をしていた。
俺はどうしていいか分からなくなって、「じゃあな」と言ってユキオの家を飛び出した。
※
次の日もユキオは欠席だった。先生も心配して、帰りに俺と一緒にユキオの家へ行くことになった。呼び鈴を鳴らしたが、誰も出ないし声もしない。
ドアには鍵がかかっていなかったので、恐る恐るドアを開けてみると異様な臭いがした。先生は急いで部屋に上がり、ユキオの部屋へ向かった。
ユキオの部屋には誰もいない。部屋を出ると、右手の奥に部屋があった。
ユキオが言っていたように、おじいちゃんおばあちゃんがいる部屋なんだろうと思った。
先生が奥の部屋に入り、襖を開けた。その途端先生は立ちすくんで、俺に見ないように言った。
しかしその一瞬の間に、先生の体ごしに部屋の中が見えた。そこには血まみれになったユキオがいた。
それから先生は急いで警察を呼んだ。
次の日、ユキオとおじいちゃんとおばあちゃんが亡くなったことを、先生がクラスのみんなに伝えた。
詳しいことは何も言っていない。ただ、死んだということを伝えた。
俺はユキオの死を受け入れられず、先生にユキオの夢の話をした。先生は黙って聞いていた。
そして、誰にも言わないことを約束に、ユキオの両親のことを話してくれた。
ユキオの両親は自殺していた。一家心中を図ったのだが、ユキオだけ助かったそうだ。
そして、おじいちゃんおばあちゃんのところへ引き取られた。俺は不思議と驚かなかった。
数日後、俺は警察に呼ばれてユキオの家へ行った時の話をした。ユキオの夢のことも話した。
警察は俺の話をなかなか信じてくれなかった。
「本当に君はあの家に行って、ユキオ君本人からその話を聞いたの?」
「うん、間違いないよ」
警察は困った顔をしていた。
その後、先生が呼ばれて警察と何か深刻な話をしているようだった。
先生が俺のそばに戻ってきて、しばらく考えてから言った。
「俺とお前がユキオの家に行っただろ…」
「先生、俺は大丈夫だから言ってよ」
俺はなんとなく予感がしていた。
「あの時、ユキオ達は亡くなってから3日経っていたんだ」