私が以前住んでいた家の真横に、樹齢何十年という程の大きな樹がありました。
我が家の裏に住む住人の所有物であったのですが、我が家はその木のお陰で大変迷惑を被っていたのです。
と言うのも、秋頃になると大量の枯葉が我が家の庭先に撒き散らされるのです。
加えて樹齢何十年という老木ゆえ、根元から2、3メートルの辺りが朽ちており、今にも我が家に倒れ掛かって来そうな様相なのです。
台風の日などは、家族で『今日こそ倒れるんじゃないか?』と、毎度毎度ビクビクしていたものです。
何度かその旨を裏の住人に伝えたのですが、
「当方の敷地のものに文句を言われる筋合いはない!」
と頭ごなしに断られ、半ば諦めかけていました。
しかし、ある風の強い日にとうとう老木の枝が折れ、その太い枝は我が家にではなく、隣接していたもう一軒の民家に倒れ込んだのです。
屋根の瓦も割れ落ち、それは酷い状況になっておりました。
その一件で損害賠償まで話が発展し、ついにその老木は切り倒される運びとなりました。
※
老木が切り倒されてから一年。
そこには6階建ての立派なマンションが建ち、そのマンションの最上階に、裏の住人の祖母が『管理人』として入居したという事でした。
ある夜の事です。
用事で出掛けていた私は、駅から自宅までの道のりを歩いておりました。
マンションは我が家への目印とも言える程、遠くからでもその姿を見せておりました。
マンションが近くなるにつれ、マンションの屋上付近に、何やらモヤモヤとした、霧のようなものがかかっている事に気が付いたのです。
一歩毎にマンションは近くに見えて来ます。
そして、そのモヤモヤが何であるかも、次第に見えて来たのです。
霧状の白い煙の中に、無数の生首が浮遊しているではありませんか。
生首は一つ一つ違う顔をしており、老若男女様々でした。
ただ、その顔の群れに共通したものが一つだけありました。
全ての顔が満面の笑みを浮かべているのです!!
※
それから数日後の事。
マンションの管理人である老婆が、屋上から飛び降り亡くなってしまいました。
老人性の痴呆が原因と言われてはいましたが、果たしてそうなのでしょうか?
何故かと言うと、私が見たあの顔の群れは、老婆の住んでいた部屋の真上だった事が一つ。
そしてもう一つは、老婆が絶命した直接の原因。
老婆の死は、飛び降りによる打撲が原因ではないのです。
地面にあった木の小枝が、喉を貫いていたそうです。
私にはどうしても、老木の怨念としか思えないのです。