これは私が小学生の頃の話です。
家の近所に一軒の空き家がありました。
その家は昔旅館を経営していた様子で、山奥の長い一本道を上って行くと突然現れるその家は、小学生が誰しも憧れる『秘密の隠れ家』にはもってこいの場所でした。
私は一部の友人達と共に学校が終わるとそこに集まり、夕飯時になるまで色々な事をして遊んでいました。
そんなある日、その空き家に『出る』という話がどこからともなく湧き上がりました。
「そこの旅館の持ち主が首を吊って自殺した」「誰も居ないはずの家の窓から和服を着た女が外を眺めていた」などの噂です。
私達は仲間はずれにされた誰かがそんな噂を流しているのだろうと、気にもせず隠れ家を愛用していました。
しかし噂は他のクラスの生徒にも広まり、その子たちが秘密の隠れ家を見に来るようになりました。
隠れ家に思い入れの深かった私たちは、他の生徒と縄張り争いの喧嘩をよくしていました。
※
ある日、隠れ家に居ると、他のクラスの生徒達が空き家に石を投げて来てガラスを割り始めました。
「何だ? あいつら?」
私たちも必死になってエアガンを撃ったり、部屋の物を投げつけたりして応戦しました。
「パリン、パリン」とガラスの割れる音が空き家に響きます。
私は転がっていた竹細工の赤い鞠を手に取りました。
中に鈴が入っているようで、「チリーン」と音がします。
鞠を投げつけようとした瞬間、相手が驚いた顔をしています。
そんな事は気にせずに鞠を投げつけました。
狙いがそれて地面に落ちた鞠が転がり、「チリーン」と音を立てた瞬間…。
「ガシャーン!」という音と共に、家中のガラスというガラスが全て割れてしまいました。
私たちも相手もびっくりして、空き家から逃げ出しました。
一気に山の麓まで下ると、さっきまで喧嘩していた相手も同じ恐怖を体験した身として何故か好感が持てます。
私が息も絶え絶え喧嘩相手に話しかけました。
私「さっきびっくりしたよな。ガラスが一気に割れるなんて…」
相手「え…?」
相手の仲間「やばいって。そいつと話すな!」
私「何だよ。お前」
相手の仲間「だってお前の後ろに女が居たぞ」
どうやら私が赤い鞠を投げる瞬間、背後に女が立っていたそうで、赤い鞠を投げるのを止めるように、私にしがみつこうとしていたらしいです。
私は怯えながらも平気な振りをしていました。
そしてその場は解散となりましたが、友達の一人が「空き家に忘れ物をした」と言います。
忘れ物自体は大した物ではなく、さっきの事もあり、私は行きたくありませんでした。
しかし、怯えている姿を見せたくもないので、一緒に付いて行く事にしました。
※
空き家に向かう道のりで、私は赤い鞠について話していました。
「だから、『チリーン』て鞠が音を立てた瞬間、窓が割れたんだよ」
辺りは薄暗くなって来ました。
空き家が見えて来たその時です。
「チリーン」
鈴の音がします。
皆で顔を見合わせます。
さっきの鞠が転がっているのかと、辺りを見回しました。
赤い鞠は確かにありました。
誰かに踏みつけられグシャグシャに潰れて…。
「チリリーン」
また鈴の音がします。
皆、顔色が変わり始めました。
「鞠の鈴だけ取れてどこかで鳴ってるんだよ」
誰かが呟きます。
「チリーン」
音は空き家の方から聞こえます。
「チリリーン」
音が近付いて来ているような気がします。
坂道ですので『取れた鈴が転がって来ているのかな』と思っていると、
「チリリリン」「チリリリン」「チリリリン」
一箇所ではなく複数の箇所から、私たちを囲むように鈴の音が鳴り始めました。
「ぎゃー!!!」
皆一斉に逃げ出しました。
その後、誰も空き家に近付こうとはしなくなり、間もなくその家は小学生が溜まるというので取り壊されました。