ある探偵事務所のYさんから聞いた、行方不明者に関する未解決事件の話です。
行方不明の男性は長距離トラックの運転手でした。
ある日、その男性はトラックで青森の方の高速を走り、あるドライブインで休憩を取ったそうです。
そのドライブインは昔からやっていて、元は何かの倉庫を改造した長距離トラック専用の休憩所があり、運転手はその倉庫にトラックごと入り、トラックの中で仮眠を取るそうです。
前以てその倉庫を管理しているドライブインのおばちゃんに「何時何分に起こしてくれ」と告げておくと、おばちゃんがお茶のサービスと共に起こしてくれる仕組みになっています。
しかし、その男性はおばちゃんが起こしに行く前に、倉庫のトラックの中から忽然と姿を消しました。居なくなったのです。
倉庫はいくつかあったのですが、一つだけ使っていない倉庫がありました。普段はその倉庫のシャッターは降りています。
その男性が居なくなったのを発見したのは、やはりその倉庫で仮眠を取っていたトラック運転手でした。
いつもならシャッターが降りている倉庫が、今日はシャッターが開いていて、しかも中にトラックが入っていることを不審に思い、その運転手は気になっておばちゃんに報告しに行き、事件が発覚しました。
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おばちゃんの話によると、どういう理由なのだかよく知らないが、昔からあの倉庫だけは使うなと言われていた。それが何故なのかはよく解らないという。
倉庫のシャッターは鍵が掛かっていて開く訳がないし、その男性がやって来る前も確かに閉まっていたとおばちゃんは主張します。
でも、実際はその倉庫は開いていて、その男性は行方不明。
夜中の高速道路のドライブインです。車が無いのにどこかへ行ける訳もありません。
Yさんは元刑事のコネクションも利用して、その男性の行方を追いました。
Yさんの敏腕ぶりが功を奏して、その男性は10日後に見つかりました。意外な場所で…。
場所はなんと瀬戸内海。人一人乗れば精一杯な突起した岩山の上でした。漁に出ていた海女さんが発見してくれたそうです。
地元の警察に、身元不明者として警察の死体置き場に安置されていました。
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ここからはもうYさんの介入できる範囲の話ではありません。
なぜなら対象者(業界ではマルタイと言います)が遺体で発見されたのですから、ここからは警察の範疇になります。
しかし、なぜそんな所で見つかったのか?
アシもないのに?
最後に目撃されたのが青森。
遺体で発見されたのが瀬戸内海。
興味を持ったYさんは、元刑事というコネクションを最大限に利用し、遺体の発見状況の情報を手に入れたそうです。
それによると、遺体は死後2日ないし3日は経っていたそうです。
しかも遺体はまるで臨月が近い妊婦のように腹がポコンと膨れていたそうです。
そして体には無数の引っ掻き傷が。
最初にお腹が膨れ上がっている遺体を見た検視官は溺死と見て、お腹の中には水が溜まっていて膨れているのだと思ったそうです。
しかし、遺体を解剖してみたところ…驚くべきことが判りました。
遺体の胃には全く水は入っていませんでした。
それどころか、胃から食道、口の中にまで、アワビ、サザエ、ウニ、その他貝類と海の幸が殆ど消化されないままぎっしり詰まっていたそうです。本当にぎっしり…。
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そしてもう一つ不可解なのは、遺体の体に無数に付いた引っ掻き傷。
明らかに人間…及び、何か爪のある動物に付けられた傷らしいのですが、その傷が何かおかしい。
人間ならば皮膚を引っ掻く時は1~5本の爪跡が残ります。
同じ方向で同じように傷を付けようと思えば、それ以上の爪跡はどうしても不自然になるのです。
ところが、遺体に付いていた傷跡は1~5本の爪跡も確かにあったのですが、それ以上、つまり6~8本の自然に付けられたであろう爪跡が残っていたそうです。
例えば人間であった場合、5本以上の爪跡を皮膚に付けようとして、片方の指にもう片方の指を足して付けると、どうしてもその付け足した部分が不自然な跡として残るはずです。
ところが、その爪跡は何とも自然。
解剖医は「これは…指が6本、ないしは7、8本の動物に引っ掻かれたと想定するのが自然なのだが…。
そんな動物は果たして存在するのかどうか…動物学者に聞いてみないと私には分からない」と言ってサジを投げたそうな。
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Yさんから聞いたその不可解な事件の調査表は今でもあります。
ただし、地元警察はこれは無かったこととして、事件そのものを抹消してしまったそうです。
警察データにはただ『溺死』として残っているはず。