僕は運送大手の○川でドライバーをしていました。
ある夜、○○工場内(九州内にあります)で作業中、どうにも同僚Sの様子がおかしいことに気が付きました。
Sは仕事中だというのに、ある一点を睨みつけ、小さな声で何か呟いているのです。
不思議に思い近付くと、Sの声が微かに聞こえてきました。
「アケミくるな。アケミくるな。アケミくるな」
彼はひたすらそう呟いていました。
※
当時、会社には霊感が強いドライバーが二人いました。SとAです。
Aは、生まれつき霊が見えるとのことで、よく何もない空間を指差しては「あそこに青いお婆さんがいる」などと言っておりました。
Aは霊に対してある程度の耐性があるらしく、Aの言うことには、霊には大丈夫なやつとヤバイやつとの二種類があるそうです。
なんでも大丈夫なやつは全く以て生者に感心を持たずに、ただ決まった場所にいるだけだとか。
そういうのは大抵が何日もすればいなくなるそうで、全く無害なのだそうです。
A曰く、人に興味を持たないのは大丈夫らしいのです。
それに対してヤバイやつは、いつもこちら側、つまり生者を執拗に見ているらしいのです。
普段私たちの周りにもいるようで、その存在を知っているそぶりを見せると付き纏い、時には命に関わる問題を起こすそうです。
ですので、必ず見えないフリをして近寄らないようにしなくてはいないそうなのです。
※
Sは霊感があると言ってもAとは少し様子が違いました。
Sが霊の存在を感じるようになったのは、つい一年程前からなのです。
彼はそれまでは全く霊の存在を感じた事などなかったそうです。
きっかけは信じられない話ですが、ある遊園地のお化け屋敷に入り、出た後で急に見えるようになったというのです。
S曰く最初は霊だとは思わず、お化け屋敷から出ると、突然遊園地に顔つきの暗い人が増えたので不思議だったとのこと。
Sには、Aのようにヤバイやつと大丈夫なやつとを区別することはできませんでした。
※
話を戻します。
呟くSの様子を見て、僕は心配になり「どうした?」と声をかけました。
Sは返事をせず、ただ必死に呟いています。
「アケミくるな。アケミくるな。アケミくるな」
ただならぬSの様子に、霊絡みのことが起きていると思った僕は、Aに報告しに行きました。
AはSを見るなり言いました。「とてもヤバいやつとSが見つめ合っている」と。
僕には何も見えませんでしたが、どうにも薄笑いを浮かべた不気味な女が、Sの傍で彼をじっと睨んでいるのだそうです。
Aは言いました。「ああいうのは絶対に目を合わせたらいけない。気が付いていないフリをしなければ。今日はSに近寄らない方が良い」と。
そう言うと事務所から塩を持ってきて自分と僕に振りかけました。
※
それから退社時間まで僕はSに近寄らないないよう作業しました。
Sは時折首を振ったり、泣きそうな顔になったりしていました。
その様子はまるで、誰かにお願い事をしているようでした。
その日の退社時、僕の車のキーが無くなっていました。
困った僕がどうしようかと考えていると、背後からSが声をかけてきました。
「家まで送るよ」
Sの顔は真っ青でした。微笑んでいるものの、目がやけに真剣で僕は怖くなりました。
Aの言葉が浮かび僕は断りましたが、Sは頑なに送ると言い張ります。
その抵抗し難い迫力に押され、とうとうなし崩し的に僕は受け入れていました。
しかし、駐車場に停めてあるSの車の前に立った時、得も知れぬ嫌な予感を感じたのです。
『絶対に車には乗ってはいけない』そう直感しました。
僕は必死になってSを説得しました。今日は事務所に泊まるから良い。
しかしSは納得しません。次第に声が荒くなります。そうこうするうちにAが通りかかりました。
事情を知ったAは、自分が僕を送るとSに言いました。
Sは一変して塩らしく頼むから送らせてくれと言いましたが、僕は断ってAの車に乗り込みました。
Aの車が発進し、遠ざかるのをSはただ見ていました。
車内で僕はAに礼を述べました。
Aは真面目な顔をして言いました。
「実はな、途中から薄気味悪い女のヤバいやつは、Sの傍から離れてお前の傍にいたんだ。
途中からいなくなったから、お前が気付かないと諦めたんだと思ったんだが、さっきSの車の助手席に座ってお前をじっと見ていたんだよ。
あのまま乗っていたら、多分お前の家まで憑いて来ていたぞ。
ただ、Sは危ないな。完全に目をつけられてる。あいつからしばらく離れたほうがいいぞ」
※
翌日、Sは会社を無断欠勤しました。
そのまま1週間経っても来ない彼を心配して上司が見に行きましたが、彼は家にいませんでした。
家族の話では、1週間前から家に帰っていないらしいのです。
とうとう1ヶ月が過ぎても彼は帰って来ませんでした。
会社はSを解雇し、家族が捜索届けを出したと聞いたのですが、その後Sがどうなったのか僕には判りません。
ただ、町でSの車に似た車を見るとつい隠れてしまうのです。