その頃、私は海岸近くの住宅工事を請け負ってました。
季節は7月初旬で、昼休みには海岸で弁当を食うのが日課でした。
初めは一人で食べに行ってましたが、途中から仲良くなった同年代の下請け職人も誘って、一緒に食べに行くようになりました。
いつものように海岸に行くと、普段は人気の無い海岸ですが、その日は10~12歳位の子供が4人程、波打ち際で遊んでました。
ちなみにココの海は遊泳禁止となってはいましたが、私も子供の頃はここで仲間と泳いだりした事もあったので、特に気にもしませんでした。
その日も海岸で弁当を食おうかと思っていたら、A君が「今日は日差しが強くて暑いから、現場内の日陰で食おうぜ」と言ってきました。
まあ、確かにその日は特に陽射しが強くて、外で食うには暑すぎると思って、その場を去りました。
現場内の日陰で弁当を食べていると、何やら外が騒がしい。
パトカーやヘリが飛んでる音も聞こえる。
『何だろか?』と思って、外を見に行こうとAを誘いました。
「あー、俺はやめとく」
私は外が気になって仕方が無いので、Aは置いて、他の職人さん達と一緒に野次馬に行きました。
※
どうやら人だかりが出来ているのは、いつも私がAと飯を食っていた海岸でした。
既に集まっていた野次馬に話を聞いてみると、海で遊んでいた子供が一人、波に飲まれて行方不明だと。
確かに、さっきまで海岸で遊んでいた子供の数が、一人減っていました。
私は後悔しました。
何時も通りこの海岸で弁当を食べていれば、波に飲まれた子供をいち早く発見できたし、泳ぎにも自信がありましたので、もしかしたら助ける事も出来たのではないかと。
少し後ろめたい気分になって、Aの所まで戻り、Aに海岸での事を話しました。
「今日もあそこで飯食ってたら、俺らが何か出来たかもしれないよな」と私が言うと、Aが「ははは、無理だって。だから俺は、今日あそこで飯食うの嫌だったんよ」
私は意味が解らなかったので、Aに詳しく話を聞いてみると、
「あそこって遊泳禁止なだけあって、色々とある訳で、こんな事言うからって変な目で見ないで欲しいんだけど、色々とある訳よ。
お前はソッチ系には疎いみたいだから、言わないでおいたんだけど、現場の中で弁当食った方が涼しいのに、何でお前は毎日海岸で弁当食べたがったの?」
「そりゃ、海見ながら外で飯食った方が美味いと思って…」
「その割にはお前は、毎日暑い暑い言いながら弁当食って、弁当食い終わったらすぐに事務所戻って涼んでただろ?」
そう言われると確かに、海岸で弁当を食べ始めた切っ掛けは、海を見ながら食べた方が気持ち良いと思ったからですが、2日目以降は、何であんなに日陰も無いクソ暑い場所で、弁当を食い続けてたのか、我ながら不思議に思いました。
「”あいつ等” の狙いは初めからお前で、ず~っとお前は、”あいつ等” に呼ばれてたんだよ」
「???」
Aは初めて現場で私に会った時も、私が海にいる ”あいつ等” から誘われてるのを感じていたらしい。
とは言っても、そんな事を初対面、しかも元請の監督に真顔で話しても馬鹿にされるし、下手したら追い出されるだけなので、毎日弁当に付き合って監視してたらしい。
Aは私が、”あいつ等” に誘われてるのは分かっていたけど、中々その ”あいつ等” の姿を、Aも見ることは出来なかった。
どうやら ”あいつ等” の方は、一方的に私に意識チャンネルみたいな物を合わせ、もっと波際まで引き寄せたがっているらしかったのですが、肝心の私が鈍すぎて手こずってたらしい。
「だから ”あいつ等” は、お前の目の前で、子供を海に引き込もうとした訳だ。
”あいつ等” からしたら、子供の方が頭が固いお前と違って誘い易いしな。
そうすれば、お前が子供を助けに、海に入ってくる事を知ってたんだなぁ。”あいつ等”は。
まあ、俺が邪魔したから、子供が身代わりになっちゃった訳だけど…。
今日は、”あいつ等” とピッタリ波長が合う子供が遊びに来たせいか、今日は俺の目にも、ハッキリ ”あいつ等” が見えたよ。
俺がお前を海岸から連れ戻した時の奴らの雰囲気は、俺もちょっと怖かったよ。
本命のお前を連れ戻されて怒ったのかな(笑)」
と、Aが笑いながら話してくれました。
って…そこまで分かってて、何で遊んでた子供を放置したのかとAに問い質すと、
「お前は誘われてるクセに何も感じないから、そんな事言えるんだよ。
子供等が遊んでた場所は、完全に ”あいつ等” の領域入ってたし、お前だってアレが見えるなら絶対近づけないし、関わり持とうなんて思えないって。
お前を海岸から現場内に連れ戻しただけでも、俺って勇気あるな、エライな~て思ったよ。
本当凄かったよ、奴らの恨めしそうな顔」
Aが言うには、見えない感じない人は、無意識に誘われてる事があると言ってました。
また、誘われてる事にも気が付かないらしい。
だから逆に、見える感じる人は、危ない場所には下手に近づかないらしい。
「お前だって、道路で子供が、刃物持ってる男に追いかけられてたら、身を挺して阻止できるか?
普通出来ないよな。
それは、関わった後の面倒を知ってるからだ。
それと一緒で、俺も見えたからって、人助けするほどお人良しじゃない。
相手が人間なら通報する事はできるだろうけど、相手がこの世の者じゃなかったら、警察も相手してくれないし。
まあ、面倒事に巻き込まれるのは御免だよ。
でも〇〇君(私の名前)とは気が合ったし、知らん顔して何かあっても気分悪いからね」
この水難事故は、夕方のニュースでもちらっと流れました。
私は夜中に気になって、海岸まで車で見に行きました。
まだヘリは海岸沿いを飛び回り、沢山の人が灯りを持って海岸を捜索してました。
自分では「お人良しじゃない」と言っていたAでしたが、彼は去年の秋に、川で溺れてる子供を助けて、自分だけ逝ってしまいました。
二度目は見て見ぬふりは出来なかったのかな…。