俺がまだ小学生の頃の話。
俺んちは両親が共働きで、鍵っ子というか、夕方までは俺一人だった。
その日もいつもと同じように、居間でコタツに入って寝てたんだよ。母の帰りを待ちながらね。
玄関の鍵が開いた。『ああ、母親が帰ってきたんだな』と思った俺は「お帰りなさあい」と言おうした。
声が出ない。よく考えたら身動きが取れない。金縛りに遭ってるんだね。
玄関からぺたぺたとスリッパの音。
うちでスリッパ履くのは母親だけだから、母親には違いないんだろうけど、何か微妙に違う。
居間のドアが開いた。『お母さん?』と思ったが、この角度だと首が回らず顔が見えない。
でも、音はするんだ。スリッパを脱いだらしい絨毯をすり足で歩いている。
「ずりっ、ずりっ」
「ダイチャン」
「ダイチャン。デカケルワヨ」
母親の声をしているが、なんだか抑揚がない。
「ずりっ、ずりっ」
声の主はさらに近づいてきた。
もうちょっと、あと2、3歩でその正体が見えるかな、というその時、玄関が開く音がもう一度して、「ただいまー」って母の声が聞こえたんだ。
その瞬間、金縛りは解けた。
もう訳が分からなくて、ガクブルしながら母親んとこに駆け寄ったよ、俺は。
「なんかおかあさんだけどおかあさんじゃない人が来たー」ってさ。
そしたら母親の顔色が変わってさ。
晩飯食いながら聞いたんだけど、どうやら母親は双子だったそうなんだ。
貧しいからと母親の母方(俺のおばあちゃん)の実家に生まれてすぐ片方だけ預けられ、残った双子の姉は栄養失調で亡くなったそうだ。
さらに聞くと俺は生まれてすぐ原因不明の高熱で死ぬところだったらしいんだ。
医者も見離し、どうしようもなく寺に相談に行ったら、
「あなたの片割れの姉が、連れて行きたがっています」
と言われたそうだ。
俺は二人目の子供だから、私にも半分よこしなさいよ、ってことなんだろうけどさ。