高校生の時の実話。
地元の中学校時代の友達2人と、近くの山に肝試しをやりに行こうという話になった。
その山はそれほど高くなく、頂上が広場になっている。そばに病院が建っており、現在は使われていないその病院の旧館跡が廃墟の状態で残っている。
その病院の旧館を探索してから、山を登る道に出て頂上で缶ビールで乾杯し、反対側のふもとに下りる道から山を下る、というプランを深夜1時過ぎに3人で考え、まず病院裏の旧館跡に進入。
本当に荒れ放題で、マットレスのない鉄パイプのベット、倒れたイス、医療機具の入っていたと思われるガラス戸棚、部屋の隅に丸めて放置してあるシーツ、積み重なった段ボールなどが、割れっぱなしの窓からの月明かりに照らされている。
その時、異常な音がするとか、何か奇妙なものが見えたということはないのだが、俺の気分がなんかおかしい。
肝試しをやっているのだから恐いという気持ちはあるのだが、恐怖とは違った何か、体の中から寒気がして胸が押さえつけられるような、風邪や高熱の時に感じる具体的な悪寒がするようになってきた。
臆病だと馬鹿にされるのが嫌だったので友人にも言い出せず、そのまま病院から出ると山への道を進んだ。
狭い一本道である山道をダンゴ状に3人並んで進んでいった。俺は最後尾、月が明るい夜だったので、道も周りの木々もよく見ることができる。
しばらく進んでいくうちに、気分の悪さが徐々に増していく。そしてもう一つ奇妙なことが起こり始めた。
道の両側に設置された木の策の向こうから、何やらボソボソって感じで話し声のようなものが聞こえてくる。誰か人がいるのかと思ったがそれはない。
木の策の向こうは腰の高さくらいの植物が群生していて、策から2メートルくらいで崖になっている。そんなところに人がいるはずもない。
その声は明らかに人の声に聞こえ、何事かをボソボソと言っているようなのだが、言葉がはっきりと聞き取れない。左右どっち側から聞こえてくるのかもよく分からない。上からだと言われればそうだったかもしれない。
しかもその声は、俺たちが道を進んで行っても、ずっとついてくるように依然として聞こえつづける。さらに奇妙なことに、俺がその声のことを話そうとしても声が出てこない。
金縛りに遭った時のように力を込めても体全体が固まった感じで、声が出ない感じとは違い、喉に喋ろうという意思が伝わらない。足はしっかりと歩き続けているのだが、口がなぜか開かない。
自分自身もなぜかどうしても話さなきゃという意思が湧いてこないのだ。気づいてみれば、他の2人も山道に入ってからはずっと無口。ひょっとして前の2人にもこの声は聞こえているのか。
※
そしてついに頂上の広場に出た。その頃にはいつのまにかボソボソという声は聞こえなくなったいた。頂上広場でようやく口を開くことが出来た。
本来は真っ先に、ずっと聞こえていた声のことが話として出てくるはずなのだが、その時はなぜか「…頂上かな」「…ああ」「…だな」っていうような会話にしかならない。
3人とも殆ど黙り込み、沈黙がつづく。月明かりで周囲もお互いの顔も良く見ることができる。
特に異常なことは見られないが、感じる悪寒は相変わらずだ。
そして一人が、ようやく「…じゃあビール飲むか」と言い、俺ともう一人の友人は 「…うん」とだけ答える。
その時、いきなり「バンッ」という大きな爆発音みたいな音が近くから聞こえたその瞬間、急に体が軽くなった。
誰からともなく俺達は山の反対側に下だる道を一目散で走り下って行った。
みんな一言の叫び声もあげない。夜道の細い山道を走って下るのは危険なのだが、その時は不思議と誰かが転んだりすることもなく、10分くらいでふもとに辿り着いた。
3人とも息を切らしていたが、ようやく口を開くことが自由になった。体の気分の悪さもいつのまにか治っている。
みんなの話では、山道での声、病院からの悪寒とも俺以外の2人ともが感じていたとのこと。
口を開くことも、奇妙なことを告げるべく言葉もなぜか出てこなかったというのも一緒だった。
そして頂上広場で聞こえた音は一体何だったのかという話になった時、俺は友人が背中に背負ったリュックからなにやらポタポタと液体が垂れていることに気づいた。
そのことを告げて急いでリュックを開けると、なんと中では頂上で飲むはずだった缶ビールが、缶の中から何かが破裂したかのように真ん中がバックリと裂けていた。
更に俺のカバンの中のビール、もう一人の友人のビールも同じように避けて、カバンの中がグショグショに濡れていた。恐らく頂上で聞いた音はこの破裂音だったのだろう。
後に高校の教師にも話したが、高山地区ならまったくありえなくもないが、普通の町にあるような山でそんな風に缶が破裂するなんて絶対にありえないとのこと。
もちろん恐くてあれ以来、その病院にも山にも近づいていない。