元彼は中国地方の山合いにある集落に住んでいた。
水道は通っているけど、みんな井戸水を飲んでいるような、水と空気のきれいな所でした。
秋の連休に彼の地元を見に連れて行ってもらいました。
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私が行くと、集落からワラワラと人が出て来て、
「○○君の彼女かねぇ~」
と挨拶してくれた。
何か良い人達だなあと思っていたんだけど、変なことがあった。
山に一番近い所にある家はあぜ道沿いにあり、農機具を置くような粗末な小屋だったんだけど、そこから女の人が出て来た。めちゃくちゃ綺麗だった。真紅の晴れ着も似合っていた。
見惚れていたら、周りの人が女の人に帰れ帰れときつく当たり始めた。
女の人はケラケラ笑って、山の中に入って行った。
何で晴れ着(振袖のド派手なもの)を着て山の中に入って行くのか解らなかった。
彼氏に聞いても答えてくれないので、放って置くしかなかった。
※
彼は家で、山で遊んだ話などをしてくれて、山のどこに何があるか分かっていると言った風な自慢をするので、次の日に連れて行ってもらった。
キノコのある所や沢は楽しかったのだけど、山深い開けた所に小高い土山のようなものがあって、
「あそこは?」
と訊いたら、
「あそこは何もないよ」
と、彼が他の方に歩き出そうとした。
そうしたら晴れ着の女の人のケラケラ笑う声が聞こえてきて、びっくりした。
怖かったので逃げようとしたのに、女の人の方も気になって逃げ遅れてしまった。
女の人は土山の天辺にいて、ケラケラ笑いながらこちらを見ていた。
よく見ると、土山の上には井戸のような石組みがあった。
ケラケラ笑いながら、その井戸にペッと唾を吐いた。
井戸に唾を吐くのが、何と言うか不謹慎な感じだったので、気持ちが悪くて逃げようとしたら…彼氏はいなかった。orz
女の人は、ケッケッケと笑いながらこちらに降りて近付いて来た。
凄く怖くて心臓がバクバクした。
でも、何故か頭は冷静で、ここで明後日の方向に逃げても遭難して死ぬかもしれない(山が沢山あって、山の深い所まで来てしまっていたようなので)。
女の人は気持ち悪いけど、この人と話せば里まで連れて行ってもらえるかもしれないと考えた。
心臓が止まりそうなほど怖かったけど、こちらから女の人に近付いて行った。
女の人は、こちらが近付いて行ったので、逆に意外だったようで一瞬きょとんとした。
その、きょとんとした表情が普通の人に見えたので、私はちょっと落ち着いた。
「すみません、彼氏とはぐれて道が分かりません。良かったら一緒に帰ってください」
とお願いした。
女の人はケラケラ笑って至近距離まで来て、私の顔に自分の顔がくっつくくらいの所で止まった。
刺されたらどうしようと思ったけど、女の人が
「私と一緒にいては駄目。さらわれる。ここから沢には出られるか?」
と小声で言ってきた。
「沢は分かります」
と言ったら、
「今の時間なら、沢に沿って降りれば里の人間が炭焼きをしているはずだから、沢に沿って山を下りろ」
と言われた。
凄くキビキビとした話し方で男前な感じだったから、ついつい
「一緒に行ってください。怖いです」
と頼んでしまった。そしたら、
「だめ、私は仕事があるから。私と話したことは誰にも言わない方がいい。振り返らずに行きなさい」
と言う。
仕方なくそのまま沢まで逃げて行き、沢伝いに山を下りて行ったら煙が見えた。
そして煙を追って行ったら炭焼き小屋があり、おじいさんがいてくれた。
ぶっきらぼうで、おじいさんの方が怖かったけど、里へ一緒に降りてくれたので助かりました。
※
道すがら女の人のことを聞いたけど、あまり教えてくれなかった。でも、
「お役目があって、山に住んでいるコゲに仕えに行っていたのだろう。
キミがお役目にされなくて良かったね。よく無事に帰れた」
と言ってくれました。
男の人の前にはコゲは現れないから、一緒に行けば大丈夫と里まで送ってくれました。
最後に、
「彼氏はどうした?」
と聞かれたので、置いて行かれちゃってと笑い話にしたら、
「だから、きねぇとねんといかんのじゃ」
とブツブツ言っていました。
※
彼氏の家に着いたら彼氏に土下座されましたが、きねぇやコゲのことを聞いても、知らないと言われて終わりました。
その後、女の人は見かけず、自分の街に帰って来ましたが…。
彼氏とは別れたので、詳しいことは今だによく判らないです。