『牛の首』という江戸時代から伝わる怪談があるが、俺の田舎にもそれに類する伝説があった。
標高200メートルくらいの山があった。山と言うより、丘に近い感じだ。
地元の人たちはその山で、春は山菜取り、夏は薬草取り、秋は栗、きのこの採集をしていた。
そして冬は子供達がスキーで遊ぶなど(ここは豪雪地帯で有名な、川端康成の小説の舞台にもなったN県です)、まあ、地域の人たちにとって無くてはならない山であった。
※
その山には頂上に繋がる山道があるのだが、その途中が二股に別れていて、地元の人たちは左側の山道には決して入ろうとしない。
誰も入らないからその道は雑草が生い茂り、道があるかどうかも分からなくなる。
その道無き道を歩いて行くと、行き止まりは灌木に囲まれた平地だ。
そこには中学生くらいの背丈の木造の祠があり、周囲が鎖で縛られて錠が掛かっている。
鎖も相当古く、錆びている。
古くからの言い伝えによると、この祠を開けて中を見ると、あまりの恐怖に即死するか発狂してしまうので、中がどうなっているのか誰も知らない。『牛の首』と全く同じ話である。
ただ、鎖の掛かった祠を見た人は大勢居る。怖くて中は見られない。
俺もその一人で、中学2年生の6月、同級生と連れ立って祠のある場所まで登ってみたのだが、鎖で縛られた祠を目の前にすると、何か畏敬の念に襲われて、祠に手を触れることも出来なかった。
帰宅してその話をすると、祖父には罰当たりと叱られ、唯物論的な父親には迷信を信じるなんて愚かだとこれまた叱られた。
※
その年の秋、その山に登ってきのこを採り、山中できのこ汁を楽しんだ人たちが、ツキヨタケの中毒で亡くなった。
次いで、地元の高校生が冬山登山の練習で心臓発作で亡くなった(丘のような山なのに)。
その度、俺はあの鎖で縛られた祠のことを思い出し、背筋が寒くなる。
故郷を離れて20年近くなるが、あの祠は現在どうなっているのやら。
興味のある人は、N県M市、F日町、I沢地区の、地元の人たちがB餅山と呼んでいる山の祠を訪ねてみてください。