数年前、私は妹と東京で二人暮らしをしていました。
元々は二人別々に部屋を借りていたのですが、二人の家賃を合わせると一軒家が借りられるという事に気付き、都心から多少離れてはいるものの、広くて綺麗な家を借りる事にしたのです。
ある日、妹がお風呂に入り、私が二階でテレビを視ている時のことです。
風呂場から「ギャアアアアア」という物凄い悲鳴が聞こえてきました。
ゴキブリでも出たかと思って一階に降りると、妹は髪をぐっしょりと濡らして裸のまま廊下に立っていました。
何があったか知らないが、いくら何でもその格好はないだろうと呆れながら、
「どうしたの?」
と聞くと、青ざめた顔で
「…風呂場、見て来て、お願い」
と言います。
言われた通り見て来ましたが、特に変わった様子はありませんでした。
脱衣所までびしょ濡れで、妹が湯船から慌てて飛び出した様子が伺えた以外は。
※
取り敢えず服を着て、髪を乾かして一息ついてから、妹は事情を話し始めました。
いつものようにお風呂に浸かっていると、
「ヒュー…ヒュー…」
という誰かの呼吸する音を聞いたと言うのです。
周りを見渡したのですが、誰も居ません。
風の音だと解釈し、妹は深く気にせずに髪を洗い始めました。
湯船に浸かりながら上半身だけ風呂釜の外に身を乗り出し、前かがみになって髪を洗います。
手の平でシャンプーを泡立て、地肌に指を滑らせ、髪を揉むようにして洗いました。
その時、ある事に気付いたのです。
髪が、長い。
妹が洗っている髪の毛は、彼女自身の髪よりも数十センチ長かったそうです。
そして、もう一つのある事実に気が付いた時、妹は思わず風呂場から飛び出してしまったそうです。
後頭部に、誰かの鼻が当たっていることに。
※
それ以降、妹は極度の怖がりになってしまい、お風呂に入る時は必ずドアの外で私が待機するようになりました。
私自身は、今日に至るまで何ら不思議な体験をしていません。
しかし妹は確かにあの時、自分のものではない誰かの髪を洗ったと言います。