17年前の1月頭、震災の一週間くらい前。俺が小学生の時の話。
お年玉でカメラを買って貰ったばかりの友達と、そのお姉さんとの三人で、カメラの練習に少し山奥の自然公園に行くことになった。
山奥と言っても直線距離で家から10km程なのだけど、運転歴半年くらいのお姉さんに細い山道と濡れた路面は結構キツかったと思う。
だから道の途中で小さな滝を見つけた時も、お姉さんは車に残り、俺と友達の二人だけで写真を撮りに行った。
※
『メタルギアソリッド3』というゲームをやったことがある人は、滝のマップを覚えているかな。
あんなに開けた場所ではないし、曇り空で凄く暗かったけど、滝つぼの周りにロープも何も無くて地形的にはあんな感じ。
幅は狭いけど高さはそれなりにあって、子供なりに結構感動した覚えがある。
滝つぼから流れ出す川の傍に小さい御堂があって、濡れて余計にボロボロに見えて少し不気味だった。
俺は「スゲー」と連呼しながら使い捨てカメラを浪費し、友達はお堂を気味悪がりながらも写真を撮っていた。
その時、激しく水の落ちる音に混ざって人の声のようなものが聞こえた。
お姉さんが呼んでいるのかと思い来た道を振り返るが誰も居ないし、そもそも正面の滝の方から聞こえてきたような気がする。
友達も聞こえていたようで、目が合うとどちらも無言で首を傾げた。
※
友達は最後に一枚撮って帰ろうと言い、渾身の一枚を撮るべく滝つぼ近くをうろついていた。
俺は御堂に置いてあった柄杓を見つけ、それで滝つぼから水をすくって少し飲んだ。
もちろん冬の水だからとても冷えていて飲めるものではなかったけど、友達はそれを見て真似してきた。
友達に柄杓を渡し滝の方を見ていると、低い女性オペラ歌手のような声が滝の上から聞こえてくる。
文字にすると「ぼおおー、ぼおおー」という感じだった。
どんどん大きくなって行くその声を聞きながら、俺は友達に向かって「ヤバイ、なんかヤバイ」というようなことを言った。
大きな声を出したらまずい気がして、小さな声しか出せない。足が震えて身動きも取れない。
滝の上から足元の友達に視線を移すと、友達は柄杓を水に浸す格好で固まっていた。
滝つぼを見つめる友達に向かって何度も名前を呼んでみるも反応が無い。
雨が降り始めても俺たちはその場から動けなかった。
※
やがて雨が大降りになる頃、後ろから車のクラクションが聞こえてくる。
そこでようやく俺も友達も、真っ青な顔で振り向くことができた。
二人して全力ダッシュで車に戻ると、お姉さんがびしょ濡れになっても戻って来ない俺達を怒っていた。
もちろん自然公園は中止。俺も友達も、とっとと帰りたかった。
※
後で友達に話を聞くと、あの時、柄杓を水に入れた途端、水の中で何かが柄杓を引っ張ってきて、引き合うような形で動けなかったらしい。
柄杓から手を離そうとしたけど指が動かず、クラクションが聞こえた瞬間、手から離れて水の中に落ちて行ったそうです。
その間、俺が呼ぶ声も、低い女性の声も、どちらも聞こえなかったようです。
ちなみに、その時の写真には特に変なものが写り込んだりはしませんでした。
ですが友人のカメラのフィルムを収める部分に、とても長い髪の毛が何本か入り込んでいたそうです。