昔まだ十代の時で、して良い事と悪い事の分別もつかない時の話。
中学を出て高校にも行かず、仕事もせずにツレとブラブラ遊び回ってた。
いつものようにツレから連絡があり、今から肝試しに行こうとなった。
俺は昔からそういった事は全く信じておらず、怖い物など無いと言ってのけていた。
二つ返事で了解し、ツレが迎えに来て、さっそく肝試しに向かう事になった。
場所は割と近い山の中のトンネルだった。
メンバーは、血の気が多くリーダーシップのあるTと、十代というのに既に威厳のあるMと、多少幽霊関係にビビり気味の超絶イケメンSの4人で行く事になった。
みんな霊感なんてものはなく、S以外は幽霊なんていないと余裕で心霊スポットに向かっていた。
今考えたら、これが間違いだった。
※
その山までは1時間もかからずに着いた。
道中は何も無かったが、山中の丁度カーブ辺りに花が供えてあったのを見て背筋に悪寒が走り、何か忘れてると考えたのを覚えている。
無事にトンネル前の駐車場に着き、トンネルには直接入れない為、駐車場に止めてそこから四人で歩いて行った。
幽霊など信じてはいなかったが、やはり夜中の山道は気味が悪く、嫌な位静かだった。
そんな中、無理に盛り上げようと、Tが崖落ち防止のガードレールを蹴り上げながら声を張り上げていた。
T「全然大した事無いやろ、暗いだけ」
俺「本当だね、全然大した事無いし、拍子抜けだ」
S「いやいや、充分怖いし、もう帰りたい」
そんな他愛もない会話をしながら歩くと、すぐに目的のトンネル前に着いた。
息巻いて来たはいいが、トンネルの入口の時点で圧倒される程に嫌な雰囲気だった。
トンネルはまるで侵入者を拒むように、もしくは中にいる者を出さないように、でかいブロックで封鎖されていた。
流石に誰が行くと、雰囲気にもなれずにタジタジでいると、血の気の多いTが言い出した。
T「お前らビビってる? 情けないね、俺が行くわ」
ここで行かなかったらビビり確定、それだけは避けたかった俺は、思ってもない事を言ってしまった。
俺「ビビるはずないだろ、俺が一人で行って来るから待っとけ」
本当に後悔した。
T「お前は男だな。よし、行け」
この時ばかりはTを恨んだ。本当に零感の俺でもヤバイ雰囲気ムンムンだったから。
しかし、一回言った事なので後には引けず、ブロックの隙間から一人、吹き抜ける暗闇に侵入した。
いざ入ってたはみたものの、中はずっと続く暗闇。
その日暮らしの俺達は懐中電灯など無く、あったのはジッポライターの明かりだけ。
その明かりが余計に揺らめいて見え、不気味さを更に強調していた。
トンネル内は天井から水滴が垂れる音以外の音は無く、幽霊なんていないと考える俺でも、奥に向かって中々踏み出す事も出来ずにたじろいでいた時、トンネル外で待つツレが叫んで来た。
T「中はどうだー?」
S「マジでやめた方がいいってー」
M「俺らも行こうかー?」
その声で少し恐怖が消えた俺は、「大丈夫、奥まで行ってみるわ」と、トンネルの奥に向かい歩き始めた。
いざ歩き始めると恐怖心は余り無く、むしろ何故か懐かしい感覚にさえなったのを覚えている。
※
そんな違和感を抱えながら、丁度トンネルの半分位に来た時に、カーブの時に忘れてた事、妙な懐かしさの正体が何なのかは分かった(これは話に繋がる事なので、詳しい事は後で話す事になります)。
怖さは完全に消え、そのまま奥に辿り着いたが何も無く、溜息混じりに戻るかと踵を返した時に、それは起こった。
耳元からフゥーっと息を吹きかけるような生温い風が耳にかかる。
気のせいと気にせず歩を進めるが、10秒おき位にずっと吹きかけられ、流石に恐怖心が蘇った俺は、足早にトンネル入口へ向かった。
足早になった辺りから吹きかけられている息が絶えず吹きかけられようになり、恐怖心が絶頂に達した俺は、全力で入口に向かって猛ダッシュした。
なんとか入口のブロックの隙間から這い出て、耳元の息も無くなり一段落した俺は、固まって待っていたツレの所に行こうとした。
俺「スゲーよ、ここは本気でヤバイ、マジで焦ったし、何か耳元で息を…」と俺が言いかけた時に、ツレ達が顔面蒼白で震える声で言った。
T「お前の後ろ、何なんだよ」
M「お前悪ふざけも大概にしろよ、そんなんで出て来たら洒落にならんぞ」
俺は「はぁ?」となりましたが、ああコイツら出てきた俺をビビらす為のドッキリだなと思い、
少しキツめに「お前らが大概しろって、一人でマジ怖い思いしたんだぞ」と言ったところで、Sの様子に気付いてしまいました。
Sが涙目になりながら震えていた…。
幽霊にはビビるが普段は肝の座ってたコイツが、演技で涙目になり震えるはずがないと思った俺は、何かが確実に後ろにいると思い動けなくなった。
恐怖に直立不動で動けなくなった俺は、ずっとツレに視線を向けていたが、ある事に気付いた。
左眼の視線の端に、黒い髪のような物が見える。
しかし、恐怖心が勝り確認出来ずにいた時に、急にSが「マジもう無理だ」と言いながら駐車場に向かい走り始めた。
それと同時位にTとMも「マジスマン」と言いながら走り出した。
恐怖心はヤバかったが、パニックになりながらも、この状態で一人残される事な方が無理と判断した。
俺も駐車場に向かい全力で走り出した。
本当にビビり上がっていた俺は、何度も躓きながらも全力で走ってた。
子供の頃に聞いた『幽霊は光が嫌い』という言葉。
そんな迷信めいた事を考え、駐車場に着き車のライトさえあれば大丈夫だと、藁にもすがる気持ちで走り続けていた。
走り続けていた時になって初めて気がついたが、ずっと背後に気配がしていた事に、さっきは安堵からかツレばかりに集中して気付かなかった事に気付いてしまった。
この時に後ろにいる何かをもし連れて行ったら車に乗れないかもと考えた俺は、確認しないといけないと思った。
この時は本当に気が動転していたんだと思う。現在の恐怖心より、置いて行かれる恐怖心が勝ってたから。
俺は立ち止まり、意を決して後ろを勢いよく振り向いた。
少しでも怖さがないように自分なりに考えてした事だが、これが本当に失敗だった。
目を見開いた女が俺を凝視していた。
※
俺はいつも洒落怖を見て、『本当の恐怖にあったら~』を見て、いつも本当には違うなとか考える。
まぁこれは俺だけかもしれないが、余りの恐怖と驚き等混ざりあった結果なのか、失禁と脱糞を同時にしてしまった。
女は普段よく書かれる貞子の用な風貌ではなく、前髪を上げて、普通にフリルの着いた上着、ジーンズという出で立ちだった。
普通なら本当の人間だと思うくらい普通だった。
だが決定的に違った目、鼻、口。全てが生きている人間とは違った。
口は所々裂け化膿しているみたいにグチュグチュになっていた。
鼻は右の鼻孔から半分以上ちぎれかけている。
決定的なのは目だった。
黒目の部分と思う部分には、無数の光るガラスみたいな物が突き刺さり、涙のように黒い液体が目から滴り落ちていた。
気がつけば俺は何も考えず一心不乱に走り出していた。
糞尿を裾から垂らしながら、涙はこぼれ、鼻水を垂らしながら、本当に人間として最低辺だと思う姿だったと思う。
俺は「死にたくない、助けて、ごめんなさい」を繰り返すしかなかった。
走っている間、またあの息を吹きかけられているような音が耳元から聞こえた。
それがまた恐怖心を増長させ、何度も転びながらも駐車場に辿り着く事が出来た。
ツレ達は車で待っていた。エンジンをつけライトをつけていた為か、俺は助かったと思いながらも全力で車まで走った。
俺が車に近づくにつれ、気配は遠くなっていった。
後ろに乗ってたTがドアを開けて待っていたので、飛び込むように車に乗り込んだ。
そのままタイヤを唸らせながら、全速力で山道を下っていた。
俺は震えと恐怖が止まず、窓からキョロキョロ女がいないか確認していると、横にいるTが話しかけてきた。
T「お前大丈夫だったか? 本当に悪かったな、本気であれはヤバ過ぎだったから」
M「本当にスマンな…」
S「マジ申し訳ない、我慢したかったけどあれは無理だった」
どうも、最初は俺が逆にドッキリを仕掛けていたと思ってたらしい。あんなの無理だと普通に分かると思うが…。
俺「マジ人生終わったと思ったぞ、お前達マジ薄情だと思ったし…。ま、俺が逆でも本当に怖いだろうし、気持ちは解るしいいよ」
山を下っているからか安心感が出て、落ち着いてきた俺はツレ達を許し、何気無しに窓から外を見た時に気付いてしまった。
丁度花が供えてあるカーブに差し掛かる時に、木の上いる何かに…。
またパニックになりかけた俺は、「早く、早く、飛ばせ」と声を荒げながら何度も叫び、何故か隠れるように座席の足元に座りこんだ。
S「何だよ、本当やめろよ、マジ勘弁してくれよ」
M「何があったんだよ、またいたのか?」
車内はパニックになりかけた時に、Tが聞きとり辛い程の小さな声で言った。
T「俺も何か見たぞ…木の上に何かいた」
その言葉で車内は完全にパニック状態になり、捕まってもいいと100キロ以上を出し逃げるように帰った。
皆、家で一人になるのを嫌がり、俺も嫌だったので、4人でTの家で泊まるようにした。
Tの家をいつも溜まり場にしてたし、いつもの流れでもあるが。
でも、その選択には意味が無く、それはその夜に起こった。
※
無事にTの家に着いたものの皆寝れずにいて、恐怖心を少しでも払おうと酒盛りを始めました。
俺はパンツが汚れていた為、風呂を借りてから酒盛りに参加しました。
風呂から上がった時点で皆結構酔いが回っていて、ツレ達は既に寝入りそうな感じになってました。
酒の力は偉大で、飲んでいく内に恐怖心は薄れ、段々と眠気も来て、皆でダゴ寝となりました。
そして夜中にトイレで目が覚め上半身を起こした時、背後から気配を感じました。
それは正しくトンネルで感じた気配だった。
一気に恐怖心が蘇り、金縛りとは違う、恐怖心から動けないでいましたが、まだ酒が残っているせいか気が大きくなり、見た目が怖い位でビビるかと訳の分からない根性が沸々と湧いてきて、こうなったら一発殴ってやると、後ろを振り返りました。
やっぱり後悔しました。やはり女はあの時のように後ろにいて、そしてあの時とは違う行動に出ました。
急に両手で俺を頬を掴み、口を大きく開けて何か言おうとしていましたが、口の中には真っ黒な液体が溜まり、喋る度にうがいをしているようにゴロゴロ言って、何を伝えたかったのかも分からずに、恐怖に動けずにいました。
そんな恐怖が10秒続いた時に気付きました。この女知ってる…。
そう考えた時にMが寝返りをうち、それに気を取られた次の瞬間にはもう女はいませんでした。
それからは朝まで眠れず、ツレが起きるのを待ち、起きたツレに夜中の事を話しました。
M「幽霊て動けるんだな、初めて知った。てかいる事自体昨日知ったけど」
T「お前本当にヤバイぞ、憑かれてるんじゃないの?」
俺「多分憑かれてるのかな? てか幽霊知ってる女だった」
T「はぁ? 誰なんだよ?」
俺「多分…元カノのU…」
それだけでみんな何となくだが理解し察してくれました。
元カノのUはツレと飲みに行った時に知り合った女の子で、ちょくちょく二人で飲んだりしてる内に仲良くなって、付き合い始めた人でした。
しかし、Uは男女関係が結構激しく、浮気でも当たり前にすると噂を聞いたり、実際に男と遊び回ったりしてて、結局は破局となっていました。
それからも向こうからは連絡はあっても、無視して疎遠になってました。
懐かしいと感じたトンネルも、実は酔った勢いで二人で凸した時に二人で行ったからでした。
そしてカーブの花は、Uがそこで亡くなった時の物でした。
疎遠になってからも、噂で亡くなったと言う話は聞いていましたが、当時は俺にはもう関係無いと言って、何もしてやれてなかったんです。
T「間違いなくお前怨まれてるな。いくら関係無いって葬式にも出なかったしな」
M「しかし、どうする? やっぱお祓いとかしてもらったが方がいいんじゃないか?」
俺「でも、そんなの全く知らないし、金も無いし…」
S「俺一人知ってるぞ。寺とか神社ではないけど、知り合いが動物に憑かれたとかで、それのお祓いを頼んだ人なら」
俺「マジか? なら頼むから聞いてもらえないか?」
S「わかった、ちょっと待ってろ」
Sは携帯で誰かと話し始め、何やら揉めていたようだが、どうやらOKをもらったようだった。
S「絶対今日がいいって無理言ったが、大丈夫だってよ」
俺「本当助かるわ、今から行けるん?」
S「昼過ぎに来てくれって。準備があるらしいから」
そんな準備しっかりする所ならイケるんじゃね、と期待しながら、早めの昼飯を食い、それからその人の家へ向かった。
※
着いてみると普通の一軒家だった。
チャイムを鳴らし待っていると、普通にエプロンをつけたおばさんが出てきた。
まさかこのおばさんじゃねーよな…とか考えてると、正しくそのおばさんがお祓いの人だった。
俺はもう無理だなと思いながらも、通された居間で「事の次第を詳細に」と言われ話した。
おばさんは真面目な顔でウンウンと頷きながら聞いてくれた。
一通り話を聞いてくれたおばさんが発した一言目はこうだった。仮名にHさんとします。
Hさん「あたしで祓えるかはわからないけど、出来る限りはさせてもらいます。料金は普段の料金。いいですか?」
俺「料金取るんですか!? ちなみにいくらに…」
Hさん「経費など含め5万頂きます」
俺「マジですか!? すいません、ローンとか出来ますか?」
Hさん「事が事だし、構いませんよ。急いだ方がいいですし」
どうやら事態は、一刻を争う位に緊縛してたみたいでした。
Hさんの見解はこんな感じだった。
元カノUは恐らく俺を怨んでいる。
しかし、それだけではないような気がするから、普通にお祓いするんじゃ駄目かもしれない。
今回はお祓いではなく、Uの標的である俺から完全に意識を逸らし、縁を断ち切る為の物らしい。
もっと詳しく話してたがよく意味はわからなかったので、要約するとそんな感じらしい。
俺「何か俺がしなくちゃいけない事はあるんですか?」
Hさん「あなたは特にしなくちゃいけない事はありません。しかし、周りの友達の力を借りなくちゃいけません」
Hさんは詳しく今回の内容を説明してくれました。
Hさんが言うには、力を借りるは大袈裟に言ったらしく、借りると言うより協力だった。
まず4人でお清めし、四方にお札を貼ったHさん宅2階の一室に入り、一晩そこで過ごすらしいのだが、俺は一言も発してはいけなく、逆に絶えずツレ達は話し続けなくてはいけないらしい。寝てもいけないらしい。
言葉には言霊があり、その部屋ではUは俺の姿を認識出来ないらしく、言葉を発する者しか認識出来ないらしい。
そうする事で、意識的に俺を探し続けるUの意識から一晩時間をかけて俺を消し、俺はもういないと誤認させ、Uの中の俺を消し、縁を無くしてしまおうという事でした。
T「つまり、俺達が絶えずに喋り続ければいいだけ?」
M「なら楽勝じゃね?」
Hさん「確かに喋り続けるだけですが、恐らくUさんから妨害はあると思います。どんな物かは分かりませんし、気を引き締めて下さい」
妨害って…。
緊張しながらHさん宅で早めに夕食を頂き、皆お風呂に入り体を清め、一晩を過ごす部屋に入りました。
なんてことはない普通の部屋でした。四方、天井、畳みの下のお札さえ無ければ…。
皆一言も喋らずに夜を待ち、指定された時間を待ちました。
※
Hさんが指定した時間は7時。
それまではUを家には入れないようにするし、Hさんもいるようですが、7時が来たらHさんは家を出て、Uを家に招き入れなけばならない。
極力部外者がいる事を避け、意識を完全に逸らさなければならないみたいだった。
そして指定された7時が来ました。
元々馬鹿の代表みたいな3人でしたし、Hさんから出された普段飲めない日本酒に皆大はしゃぎ。しかし俺は万が一を考え、酒はおろか何一つ口にしてはいけないという辛い一晩でした。
ですが、相槌を打つだけでも以外と時間が経つのは早く、あっという間に11時に差し掛かろうとしていました。
妨害も無くこのまま何事無く一晩過ぎて欲しかったのですが、そうは行きませんでした…。
そして時刻が11時を回った辺りで、ついにUの妨害が始まりました。
最初に聞こえたのは、廊下を歩く足音。等間隔で「ペタッ…ペタッ」という足音でした。
皆すぐに気付き一瞬静まりかえりましたが、絶えずという言葉を思い出し、また大声で騒ぎ始めました。
その後は、ラップ音みたいに「バキッ、カチッ」と部屋中から音が鳴り始めました。
ですが、そこは馬鹿3人です。恐怖より負けられるかと馬鹿な考えが勝ったのか、今まで以上に騒ぎ始めました。
特にTの騒ぎっぷりは半端じゃなく、恐怖より頼もしさを覚えました。
そして、妨害にも負けず必死に騒ぎ続け2時に差し掛かった時に、最後の妨害が始まりました。
部屋中からさっきの音とは比べられない位、まるで思い切り壁を殴り付けるようにガンガン音が鳴り出し、あの嗽のようなゴロゴロの声で嗽「アァ…アァ…ガガ」と叫んでいるのです。
流石に馬鹿3人もこれにはビビり、騒ぎ方も小さくなり、これはヤバイと感じ始めました。
音と声は激しさを増すばかりで一向に止まず、全員蒼白になり、ついに騒ぎが完全に沈黙しました。
俺は、ああ終わったなと思いましたが、時計を見ると既に5時を回っていました。
堪えていた時間が思った以上に長かったらしく、日の出が上がり始め、一晩は過ぎていました。
※
そしてHさんが戻り、全て終わった事を知り、男ですが大声で泣き叫びました。
やっと終わったと、皆で安堵の瞬間を迎える事が出来ました。
そして最後に、Hさんは二度とその山には近づくなと、次は助けられないかもしれないと言い、私はそれを了解し、Hさん宅を後にしました。
安易な気持ちで肝試しには行ってはいけないと、肝に命じる事になる事件でした。二度と肝試しは行きません。
後日談
あの一晩から丁度1ヶ月が過ぎようとしていました。
お祓いのお金の為にバイトを始め、なかなか忙しくしていた時に、Hさんから急に呼び出しがあり、Hさん宅に行った時にこの話をされました。
俺「こんにちわ。すいません、お金はまだ出来てないです」
Hさん「今回は料金の事で呼んだんじゃ無いから安心していいですよ」
てっきり料金の催促かなと思っていたが、違うみたいで安心した。でも、あの時の話ならもう関わりたくなかったので、嫌な気分になった。
俺「で、話とは何ですか?」
嫌々だが俺に関わりある話だし、注意事項なら聞いておかなければならない。
Hさん「実はあの時のUさんが、少し普通の霊とは違う理由を調べたりして分かった事が色々あるから、一応伝えておこうと思ってね」
幽霊云々自体が元々普通じゃないと思ったが、黙って話を聞いた。
Hさん「あの時はあんな言い方をしたけど、実際Uさんはあなたを怨んだりしてない。むしろ好意がずっとあったと思う」
俺「はい? そんなはずないでしょ。あんな風に憑き纏って妨害して多分殺そうとしてたのに、好意とかあるはずないじゃないすか」
実際好意を持った相手にあんな事するとは思えなかったし、幽霊ってだけで恐怖心しかなく、あれが好意からの事だとしても無理だ。
Hさん「そう思っても仕方ないよね。あれはUさんの意思じゃなく、その裏にいる者の意思だから、元が人間かどうかすら分からないものだけどね」
幽霊だけでもあんな事無かったら信じてすらないのに、漫画みたいな話をされても今いち疑問しか湧かなかった。
Hさん「実は、家に来た時点でUさんの意思ではないと気付いてたの…。でもね、それをあなたに伝えたら、あなたは少なからず可哀相とか同情の気持ちを持つでしょ? それは、あの一晩を過ごすなら絶対に持ってはいけない気持ちだったの」
俺「何故駄目なんです? 関係あるんですか?」
Hさん「同情心を出せばあなたは助からなかった。Uさんに見つかってたから…。あなたの意識を恐怖だけに満たして、Uさんから意識を逸らさなければならなかったの」
自分の為だと理解し何となくだが、納得したが肝心な事を聞けてない。
俺「Uはあの後どうなったんですか? Uの意思じゃないならなんだったんです?」
Hさん「あなた達が一晩過ごしてる間、私は私の先生の所に行ったの。見て分かる通り、私は世間じゃ心霊研究家で通ってるの。
私の先生も似たような感じだけど、私以上に詳しいし、長年この世界にいるから、失敗したらの話を聞きにね」
失敗したかもしれないのかよ…そう思ったが、自分達じゃどうしようも無かったから仕方ないと思う事にした。
Hさん「あなた達が行った山だけど、色々な怪談があると思うけど、知ってる?」
俺「はい。カップルの幽霊だったり、婆さんの幽霊だったり、色々噂は一通り聞いてます」
結構有名な所だから、噂が絶えないような場所だった。だからか色々話は聞いていました。
Hさん「実はそういった噂じゃない、本当にヤバイものがあの山にはいるって先生から聞いてね、多分それのせいだと聞いたの。
詳しくは判らないけど、『禍垂(かすい)』と言うらしいの」
俺「禍垂?」
正直ついていけなかった。そんな漫画みたいな話されても理解出来ないし、幽霊だけで精一杯だったから。
Hさん「詳しくは本当に判らないの。多分元は人間だけど、いつからいるのか、何の因果で山にいるかも何も判らないの。
禍垂も見た目から先生が付けた名前だし、本当の名前も判らない」
俺「でも、俺と何の関係があるんですか。禍垂なんて聞いた事すらないし」
幽霊とは無縁の零感男だったし、そんなの噂すら知らなかった。
Hさん「推測だけど、Uさんは禍垂に引き込まれたんだと思うの。だからUさんと縁があったあなたを、標的に選んだんじゃないかしら。
あなた『木の上の人を見た』と言ったでしょ。それが恐らく禍垂と思う。あなたは木の上に立ってたと言ったけど、正しくは違うの。
両手だけで木に垂れ下がり、下半身がない風貌の者なの。だから禍垂…。
先生は、本当に危険だって、今回は本当に運が良かったって」
あまり見えなくて本当に良かったと思いました。あの状況ではっきり見えてたら発狂間違いないですから。
俺は頭の整理が全くつかなかったが、聞かなければならない事を聞きました。
俺「Uはどうなるんですか? 俺は本当に大丈夫なんですか?」
Hさんは少し暗い表情で答えました。
Hさん「正直Uさんは、ずっとあの山に禍垂に捕われたままになると思う。禍垂を祓えれば違うかもしれないけど、禍垂はまず見つからないし、祓う方が危ないから…」
Hさん「あなたは恐らく大丈夫。でも決してあの山に絶対に近付いたら駄目。禍垂との縁が復縁したら、間違いなくあなたは助からないから」
俺は少しの安堵と、これから先報われる事のないUを気の毒に感じながら、Hさん宅を後にしました。
その後は、料金の支払いが終わり、それからはHさんには会わず、例の山にも決して近付いていません。
人間は好奇心が強く、興味を持ったら止まらない生き物だと思います。
ですが、決して不用意に噂が立つ場所には近付いてはいけないと思います。
思いもよらない結果があるかもしれませんから。