大学時代の友人の話。
彼は大学に合格した後、上京して一人暮らしをするために、近くに良い物件はないかと探していました。
ところが条件が良い物件はどこも契約済みで、大学よりかなり離れた所にようやく一件見つけることができました。
とても古いアパートで、台所やトイレなど全て共同なのですが、家賃がとても安いので彼は契約することにしました。
引っ越しを済ませ実際に住み始めてみると、とても静かでなかなか居心地の良い部屋だったそうです。
※
ある晩、彼の部屋に彼女が遊びに来ました。
二人でお酒を飲んでいると、彼女が急に「帰る」と言い出しました。
部屋を出ると、彼女は
「この部屋、何か嫌な感じがする」
と彼に告げました。
彼女によると、お酒を飲んでいる間、部屋の中に嫌な気配が漂っているのをずっと感じていて、一向に酔うことができなかったと言うのです。
「気を付けた方がいいよ」
と言う心配そうな彼女の言葉に、彼は軽く答えるだけでした。
元々霊感の全くない彼は、その手の話を全く信用しなかったのです。
「そっちこそ気を付けて帰れよ!」
と彼女を見送り、また一人で飲み始めたそうです。
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しかし、この時彼女が言ったことは間違いではありませんでした。
ある日から、特にバイトがきついという訳でもないのに、部屋に帰ると物凄く気だるい感覚に襲われるようになったのです。
また、夜中寝ている間に、誰かに首を絞められているような感覚に襲われ、突然飛び起きこともあったと言うのです。
そのせいで彼は寝不足で食欲も落ち、げっそりと痩せてしまいました。
医者に診てもらったりもしましたが原因は判らず、ストレスや栄養不足といった理由を付けられるだけでした。
心配した彼女は、
「やっぱりあの部屋に原因があるんだよ!」
と彼に引っ越しを勧めました。
彼は引っ越すお金も無いし、今更物件も見つからないと言って動こうとしませんでした。
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そして、そのまま二週間ほど経ったある晩のことです。
夜遅く部屋に戻ると、いつにも増して疲れを感じた彼は、そのまますぐに眠ってしまいました。
真夜中、物凄い圧迫感を感じて急に目を覚ましましたが、体は金縛りのため身動き一つ取れません。
ふと頭上の押入れの襖に視線を送りました。
すると、閉まっている襖が「ズズズ…」とゆっくり動き出し、数センチほど開いたかと思うと、次の瞬間ぬーっと真っ白い手が彼の方へ伸びて来ました。
彼は心の中で『助けて…』と叫ぶと、その手はスルスルと隙間へ戻って行きました。
しかしほっとしたのも束の間、今度は襖の隙間から真っ白い女の人の顔が、彼をじっと見つめていると言うのです。
彼は身動きが取れず、一睡もできないまま朝を迎えました。
日が昇ると体が動くようになり、女の姿も無くなっていました。
※
彼はその日、彼女をアパート近くのファミレスに呼び出し、昨晩あったことを全て話しました。
その時、少し離れた席に一人のお坊さんが座っていて、ずっとこ彼の方を見ていることに気付いたそうです。
暫くするとそのお坊さんがいきなり近付いて来て、彼に向かって、
「あんた、そんなものどこで拾って来た!」
と一喝したそうです。
彼が驚きながらも尋ねると、彼の背中に強い念が憑いており、このままでは大変なことになると言ったそうです。
彼は、今までの出来事を全て話しました。
するとお坊さんは、自分をすぐにその部屋に連れて行くようにと言ったそうです。
※
部屋に入ると、お坊さんはすぐに押入れの前に立ち止まり、暫くの間、その前から動こうとしません。
そして突然、押入れの襖を外し、その一枚を裏返して二人の方へ向けました。
その瞬間、彼は腰を抜かしそうになったと言います。
何と襖の裏全体に、色鮮やかな花魁(おいらん)の絵が描かれていたのです。
舞を舞っているその姿は、まるで生きているようで、心なしか彼の方をじっと見つめているように感じたそうです。
お坊さんによれば、
「どんないきさつがあったかは私には分からないが、この絵にはとても強い怨念が込められていて、君の生気を吸って次第に実体化しつつあり、もう少しで本当に取り殺されるところだった…」
と告げたそうです。
お坊さんは、襖の花魁の絵の周りに結界を張ると、
「すぐ家主に了解を得て、明日自分の寺にこの襖絵を持って来なさい」
と言い残し、立ち去りました。
※
次の日、彼女と伴にお寺に赴きました。
そして、その襖絵は護摩とともに焼かれ、供養されたということです。