サイトアイコン 怖い話や不思議な体験、異世界に行った話まとめ – ミステリー

櫛のなくなる部屋

櫛で髪をとかす女性(フリー写真)

私が以前住んでいた部屋の話。

私は就職を機に、会社近くのアパートに引っ越した。

立地は良いけどかなり古いアパートで、家賃が安かったのが決めた理由だ。

出社一日目、早起きして身だしなみを整えていると、櫛がない。

荷ほどきの時に洗面所に出しておいたはずだけど…。

少し探したが見つからないので、仕方なく携帯用の櫛で髪をセットした。

その日、帰って来てからあちこち探したが、結局櫛は見つからなかった。

恥ずかしいことだが、私は整理整頓が苦手で、部屋の中で物を失くすこともよくある。

次からは気を付けよう、ということで新しい櫛を買って来た。

一週間ほどでその櫛もなくなった。

洗面台と壁の隙間、洗面台や洗濯機の下などを探したが見つからない。

今度は失くさないように注意していたはずなのに。

就職したばかりで疲れているのかもしれないと、自分を納得させた。

また新しい櫛を買って来た。

今度は櫛専用のケースを用意し、しっかりそこへ戻すことに注意した。

今度は三日も持たなかった。

しかも恐ろしいのは、就寝前にはそこにあることを確認した櫛が、朝見たら消えていたからだ。

櫛がなくなったのは夜中? ストーカー? それとも私が夢遊病なのかも?

気味が悪かったが、それで引越しする訳にもいかず、戸締りだけはしっかりするようにした。

仕事が忙しかったせいで当時はあまり考えないようにしていたが、今思えばさっさと引越ししておけば良かった。

暫く携帯用の櫛だけを使っていたが、ある日思いついてまた新しい櫛を買って来た。

私は櫛に2メートルぐらいの紐を付けて、洗面台の取っ手に固く結び付けた。

取り敢えずこれでなくなることはない…はず。

もし紐が切られていたりしたら警察に行こう。そう思ってその日は寝た。

翌朝起きて洗面所に入った時、私は自分のしたことを後悔した。

櫛はあった。櫛ケースの中ではなく、洗面所の床に落ちていた。

そして、その櫛にびっしりと無数の長い黒髪がまとわり付いていた。

1メートルはあろうかという長い髪。しかも何だかとても汚い髪のように見えた。

ぐちゃぐちゃに絡まっていて、何だがぬめっている。

そして、髪の端に見える赤黒い塊は…頭皮?

限界に達した私は、鞄と服を掴んで外に飛び出した。

早朝だったせいか、会社に着くまで誰にも会わなかった。それもまた怖かった。

会社はまだ開いていなかったけど、守衛さんに頼んで入れてもらった。

守衛さんに会えてようやく私は安心でき、へたり込んでしまった。

守衛さんにはかなり奇妙に映っただろうけど…。

トイレで身だしなみを整え、暫くしてから同僚が出社して来て通常業務をこなしているうちに、私は少しずつ冷静になってきた。

朝は訳の解らない恐怖で飛び出して来たけれど、あれは何だったのだろう。

友達に相談しようとしたが、一体どう説明したら良いのか…。

考えているうちに、もしかして寝ぼけていたのかも、夢だったのかもしれない、とも思えてきた。

とは言え、一人であの部屋に戻る気にはなれなかった。

結局、私は適当に理由をでっちあげて、友達に泊らせてもらえるよう頼んだ。

ついでに荷物を取って来る名目で、一緒に部屋まで付いて来てもらうことにした。

友達は快く引き受けてくれた。

夕方、まだ明るいうちに私は友達と一緒に部屋に入った。

洗面所のドアの前に立つ。すぐ後ろに友達が居るのを確認して、私は少しだけドアを開け、隙間から中を覗いた。

洗面所の床には…何もない。

ああ、良かった。やっぱり夢だったんだと思い、ドアを開けた。

私はそこで固まった。

あれが多分金縛りというやつなのだろう。目を開いたまま、体を動かすことも声を出すこともできなくなった。

洗面台の鏡の中に私が立っていた。でもその後ろに立っているのは友達ではなかった。

そこに居たのは、黒い毛の塊。それが後ろ向きの女の頭だとすぐに判らなかった。

その毛があまりに絡まり合っていて、その上、ヘドロでもかけられたかのように汚かったからだ。

ぐちゃぐちゃの頭の下から、そろそろと青白い両手が伸びてきた。

片方の手には、いつの間にか私の携帯用の櫛が握られていた。

私の後ろで、後ろ向きの女が髪を梳く。しかし絡み合った髪の毛は櫛の歯を通さない。

ぐいぐいと女が腕に力を込めるのが分かる。

ずるり。

まるでかつらが落ちるように、毛の塊が落ちた。ドサッという音を聞いた。

肌色と赤色の混ざったような女の後頭部が見えた。髪が皮ごと抜け落ちて下の肉が見えているのだ。

その後の記憶はない。

気付いたら救急車の中だった。

友達が言うには、私は洗面所のドアを開けた途端に倒れたらしい。そしてすぐに救急車を呼んだ。

洗面所には紐に繋がったままの櫛が転がっていたけど、髪の毛は付いていなかったそうだ。

私の鞄に入れておいたはずの携帯用の櫛はなくなっていた。

病院でした検査の結果は何の異常もなかったけれど、体調が悪いと言って少しだけ会社を休んだ。

速攻で新しい部屋を見つけて引っ越すことにした。

部屋にある荷物は父と業者に頼んで持って来てもらい、私はあの部屋には近付かなかった。

父には洗面所には絶対に入らないように念を押した。

急な引っ越しで洗面所を全く片付けなかったが、大家さんは何も言わなかった。

新しい引っ越し先でも、私は暫く部屋に櫛を置けなかった。

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