霊刀の妖精(宮大工15)

刀(フリー素材)

俺と沙織の結婚式の時。

早くに父を亡くした俺と母を助け、とても力になってくれた叔父貴と久し振りに会う事ができた。

叔父貴は既に八十を超える高齢だが、山仕事と拳法で鍛えている為とても年齢相応には見えず、沙織の親族からは俺の従兄弟と勘違いされるほどだった。

ピシッとした紋付袴姿で軽トラから現れた叔父貴が、助手席から幾重にも包まれた長いモノを取り出した時、俺はそれがあの刀だと直ぐに判った。

かつて自分が幼き頃、叔父貴の家で出会った刀。

そして、その精霊。

彼女は己を俺の物として欲しいと言った。

叔父貴は刀が欲しいと強請る幼い俺にこう言った。

「この刀は、独身の男が持つと魂を魅入られてしまう。だからお前が将来、この刀の精霊に負けない程の女性を妻としたらお前にやろう」

叔父貴に駆け寄りその逞しい拳を握り締め、挨拶をする。

そして、沙織を紹介した。

「……うむ、お前の事だから素晴らしい女性を娶るとは思っていたが、まさか女神様を娶るとは思わなんだ。

あの時の約束通り、結婚祝いにこの剣はお前に譲ろう」

俺たちはその言葉を聞いて驚愕した。

何故なら、叔父貴にはまだ沙織との馴れ初めは話していなかったからだ。

暫くは忙しい日が続き、新婚旅行から帰って来て一段落した後。

俺は叔父貴から頂いたあの刀を取り出し、鞘から抜いてみた。

幼い頃に見た時と全く変わらない、静謐さと艶かしさを併せ持つその刃に惚れ惚れとしていると、先に休んだ筈の沙織が起きてきた。

どうしたのかと誰何する自分に沙織が答えた。

「その剣に、起こされました」

その時、唐突に電気が消えて居間は漆黒の闇に包まれた。

「……来ます」

沙織が呟くのとほぼ同時に、沙織と自分の間に青白い光が湧き溢れ、水晶の様な硬質な輝きを持った半透明の少女が現れた。

「○○、久し振りですね…」

俺と、そして沙織の精神の中に言葉が響く。

そこには自分が少年の頃、叔父貴の家で逢った刀の精霊が顕現していた。

「そして人ならざるお方、お初にお目に掛かります…」

精霊は沙織に顔を向け、恭しく礼をした。

「○○、新たに私の主となられた男よ、私を抜く時には心を砕きなさい…私は命を断つ為のモノ。

そして、闇も、光も断つことが出来る。何者をも切らない事も出来る。

お前ならば大丈夫でしょうけれど…」

「刀の精霊よ、○○様ならば大丈夫です。その様な方だからこそ、私が結ばれることが出来たのですから」

沙織が応えると、精霊は清楚な、そして少しだけ妖艶な微笑を浮かべた。

「大いなるお方よ、よく存じております。しかし、それもまた少し残念…私は、生かす為よりも切る事を命としているのですから…。

○○よ、努々忘れることなかれ。私は主の意思にのみ沿うモノである事を…」

今、刀は我が家の床の間にて鞘に収まり、静かに眠っている。

しかし、極稀に鞘から抜き放つ誘惑に負けることがある。

鞘から抜き放った時に刀が見せる顔はいつも異なる。

いつか、禍々しい誘惑に負ける時が来ないように精進しなければと、刃に写る自分に言い聞かせている。

関連記事

団地(フリー写真)

エレベーターの11階

18年前に体験した話です。 中学生の頃に朝刊を配る新聞配達のバイトをしていたのだけど、その時に配達を任されていた場所が、大きな団地1棟とその周りだけだった。 その大きな団…

アカエ様

俺が小学校低学年の頃の話。と言っても、もう30年以上前になるけどな。 東北のA県にある海沿いの町で育った俺らにとって、当然海岸近くは絶好の遊び場だった。 海辺の生き物を探し…

切り株(フリー写真)

植物の気持ち

先日、次男坊と二人で、河原に蕗の薹を摘みに行きました。 まだ少し時期が早かった事もあり、思うように収穫が無いまま、結構な距離を歩く羽目になってしまいました。 視線を常に地べ…

隣の女子大生

貧相なアパートに暮らす彼の唯一の楽しみは、隣に住む美女と語らうひとときだった。 ただ、一つだけ腑に落ちない点が…。 当時、彼の住むアパートは、築30年の6畳一間で、おんぼろ…

公園(フリー素材)

謎のおじいちゃん

今になっても一体何だったのか解らない謎な体験です。 小学5年生の時でした。日曜の夕方、通っていた小学校の校庭の砂場で弟と遊んでいました。 段々と辺りが暗くなってきて、そろそ…

ボール

失われた半年間の記憶

小学3年の冬から小学4年の5月までの間、私の記憶がまったくありません。記憶が途切れている期間は、校庭でサッカーをしていたシーンから、学校の廊下にある大きな鏡の前に立っているところまで…

山(フリー素材)

岩場に付いたドア

高校時代に妙な体験をした。あまりに妙な出来事なので、これまで一度も周りから信じてもらったことがない。 ※ 高校2年生の秋。 私の通う高校は文化祭などには全く無関心なくせに、体…

家族の奇行の真相

自分の身に起こった今でも信じられない実話です。 まだ僕が中学3年だった頃、父親と母親と弟の4人家族でした。 紅白歌合戦を見終わって、良い初夢でも見るかな…ってな具合で寝たの…

列車の模型

時空を超えた旅路

5年前、私は大学1年生のとき、突如重い精神病に襲われました。始めは単なるやる気のなさと思われたものが、次第に人混みや大学構内での幻聴へと発展し、聞こえるはずのない耳障りな悪口が私の日…

優しさを大切に

俺が小学校1年生ぐらいの時の話。 その頃、俺はおとなしくて気の弱い方で、遊ぶのも大体おとなしい気の合う子達とばっかり遊んでいた。 でも何がきっかけだか忘れたけど、ある時に番…