あの日の責任

電柱(フリー素材)

もう二度と会わないことを条件に教えて頂いた話。

花中さんは自身曰く「とんでもない田舎」出身だ。

北陸のとある地方。

町名はあるが、規模は「町」と名乗るにはあまりにも寂れている。

「集落」という言葉が適している場所だった。

「東京の人には想像つかないと思う。お隣さんなんて1キロ先よ。畜産なんて誰もやってないのに、住人の数よりも家畜の方が多いの」

バスは午前8時と午前9時に一本ずつ、夕方に二本。電車が通る駅までは車で一時間程だったので、花中さんは上京するまで電車の乗り方が分からなかった。

その集落で子供は彼女一人だった。

彼女が上京した今、そこには若者が誰も居ない。あと十年もすれば定年を過ぎた人間しか居なくなるという。

中学生の頃だ。

夕食後の飼い犬の散歩は花中さんが担当だった。

夜に出歩いたところで人は居ないのだから、変質者の心配も無い。紛れ込んで来るようなドライバーも居ない。

その日は部活動で遅くなり、夕食も一人遅くなった。

果てしなく広がる田圃道を歩きながら、花中さんは急ぎ足になった。

「おしっこがしたくなったの」

人が来ないとは言え、近所のオジサンに遭遇するとも限らない。

裏手の山に犬を連れて入って行った。

「子供の頃、おしっこする場所って決まってない?」

私は頷いた。私の場合は何故か家のすぐ前の大樹だった。祖父に見つかれば拳骨だった。

犬はふもとに繋ぎ、花中さんは恒例の茂みで用を足した。

唸り声がした。

人の唸り声だった。

「あぁぁぁぁぁぁ」

「えうぅううやぁぁぁぁ」

「いいいやぁぁぁ」

急いでズボンを上げ、茂みから様子を伺った。

荒れた山道を歩くのは、見たことの無い障害者の子供だった。

気の毒なくらい動転している様子で呻いていたという。

その背後に男性が居た。

当然男子の父親だと花中さんは思ったが、後から考えるとそれも分からない。他人だったのかもしれない。雰囲気からは分からなかった。

ただ日焼けの跡と逞しい肉体から、漁師さんだと思ったという。

男性は無言のまま、男子の背中を長い棒状のもので突っつきながら歩いていた。

花中さんは声の出所を確認したところで一安心した。

まだ尿意が残っていたので、再度ズボンを下ろしたそうだ。

帰宅した後に母親に話そうと思っていたが、疲れもあってすぐに寝てしまったという。

二ヵ月後、花中さんは用事で街に出た時にあの時の男子を見つけた。

電柱に貼られてある色褪せた写真に男子は写っていた。

貼り紙には「この男の子を探しています」とあった。

身長。体重。年齢は十歳。行方不明となった日付は、花中さんが山で見かけた日の一週間後だった。

街からどうやって帰ったのか覚えていない。

気付けばベッドで「ごめんなさいごめんなさい」と泣いていた。

そして恐怖が彼女を襲ってきた。

「私が黙ってたのがバレるんじゃないかって、怖くて怖くて仕方なかった」

バレるのではないか。

その不安が、花中さんを常に苦しめたそうだ。

「警察の人が今にも現れて『お前のせいだ』と逮捕されることばっかり考えてた。玄関が叩かれる度に身が竦んで動けなくなった」

両親が心配するほど窶れていったが、今更打ち明けられなかった。

どうしてあの晩、すぐ母親に伝えなかったのだろう。

何で異常な事態だときちんと認識できなかったのだろう。

花中さんは何度も自分を責めた。

そして時間が過ぎ、自分自身が忘れ去ることを願ったそうだ。

だが無理だった。

電柱を見て以来、犬の散歩に出ると以前のように寄り道はせず、余計なものは何も見ないことを心掛けていた。

しかし気付けばあの貼り紙を見るようになっていた。

見ない訳にはいかなかった。

あぜ道を歩く。

数少ない電柱の外灯が点滅する。

パッ、パッ、パッ……。

一瞬暗くなる。明るくなる。暗くなる。明るくなる。男の子が居る。暗くなる。明るくなる。

男の子が居る。

件の男子が、土砂にまみれ潰れた顔で立っている。

花中さんをぼんやり眺めている。

それはいつも彼女の叫び声で消えるそうだ。

高校は地元から離れた全寮制の高校を選んだ。

大学は東京の学校を選び、実家には戻らなかった。

「けれど、行方不明の日が一週間後だったら、違う日に行方不明になったんじゃないのかな」

「本当にそう思って言ってる? どうして一週間後になっているか、違うこと考えているでしょう?」

私は目を伏せた。

「私だって何度もそう思い込もうとした。けど大人になればなるほど、日付がズレた理由が解ってしまうの」

彼女は現在、出身地から離れた都市の児童養護施設で働いている。

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